【漫画シナリオ】愛を知らないままの君に、心を盗まれるまで。
3話



◯椿の部屋の扉の前

要「ふぅー……」

8月となった。外はすっかりと暑くなり、セミが鳴いていた。

そんな中、冷や汗をダラダラと流しながら椿の部屋の前に立ち尽くす要。

要(落ち着け、俺。がんばれ、俺)

要は、胸に手を当てて何度も何度も深呼吸を繰り返す。

要(今年こそは誘うんだ……)

ゆっくりと目を開けた要の目的、それは___。


祭り……!


要(一昨年も、去年も全てタイミングを逃し、一度もアイツと行けなかったんだ。今年こそ……!)


よし……そう決心した要が、椿の部屋の扉のドアノブをガチャリと回す。


要(平常心だ、俺。なんとも思っていないように、サラリと誘うんだ!)

要「なあ、1週間後のさ___」

椿「ひゃっ……」

椿の部屋に踏み入れた途端、椿の短い悲鳴が部屋に響いた。

なんだなんだ、と思い視線を椿の方へ移すと、そこには着替え途中なのだろうか、着物を脱ぎかけている椿の姿があった。

要(え)

椿「でっ、出て行って!んもう!バカ!」

顔を真っ赤に染めて枕や帯などを投げつける椿。

要「っ、ば、バカバーカ!別にお前の着替え途中なんて誰が見てえんだよ!」


照れ隠しのつもりでそう叫んだ要は、勢いよく扉を閉めて廊下に出る。


要(あれはアウトだろ〜〜〜……)


その瞬間、せきを切ったかのように、タラタラタラ……っと勢いよくしたたる鼻血。

そして、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。

真っ赤な顔をして口元を抑える要。


要(やべ、頭から離れねぇ……)


要の頭の中には、先ほどの椿の姿。

白くて華奢な肩に、綺麗な鎖骨。そして、解けたサラサラの髪の毛。

極めつけには、チラリと見えてしまった胸元。


要(何年も一緒に過ごしてきただろうが……。このくらい平気なはずなのに)


要は、バチン!と自分の頬を両手で挟んで立ち上がる。


要「もう入っていー?」

椿「ま、まだ!入ったら引っ叩くから!」

要「んなもん別に気にしてねーっつーの」


めんどくせーやつだな、なんて言いながらひとりで照れている要。

やがて、ガチャリと扉が開く音がした。

壁にもたれかかっていた要が見れば、椿は少し気まずそうな顔をして、


椿「入って」


そう促した。


◯椿の部屋

椿「で、急にどうしたの?珍しい」

椿がベッドサイドに腰掛け、首を傾げる。

要「あー、まあもしよかったらなんだけどさ」


ドクン、ドクン、とうるさくなる要の心臓。

要(ああ、落ち着け!俺!祭りに誘うなんて簡単なことだろうが!)


椿「……なによ?」

不審そうな表情をして要の顔を覗き込む椿。

要「___……かね?」


キョロキョロと目を泳がせながら、そう言う要。しかし、消えいるような声が届くはずもなく。


椿「もう一度言ってくれる?聞こえなくて……」


要「ま、祭り!一緒に行かね?って聞いてんだよ!」


要は、真っ赤な顔をしてキレたように叫ぶ。それには、椿も驚いたような表情を見せる。


「……」

「……」


2人の間に、妙な沈黙が流れる。


要「な、なんとか言えよな……」


チラリと要が椿を盗み見ると、椿は見たことのない表情をしている。

少し顔を赤くして、俯いている。


要(もしかして、これ……)


(脈アリなんじゃ……)


そう思った瞬間、椿が口を開く。


椿「ごめんなさい。他のお方と行く約束をしているの」

要「……は?」

要(他の人って誰……?男?男なのか?)

あっけに取られて、石化したように固まって動かなくなってしまう要。


椿「せっかく誘ってくれたのに、申し訳ないけれど」


椿は、何かを思い出したように、胸の前でギュッと手を握り合わせ、顔を綻ばせた。



◯椿の回想、昨夜の記憶、椿の部屋


虎之介「夜更かしは体によくありませんよ、椿お嬢様」

いつものように、窓の柵に音もなく降り立った虎之介。

そんな虎之介を見るなり、椿はパァッと目を輝かせて、彼に駆け寄った。


椿「来てくださったのですね」

虎之介「今宵は夜空が綺麗だったんでね」


そう言って夜空を見上げる虎之介がカッコよくて、椿は思わず見惚れてしまっていた。

しかし、椿は何かを思い出したようにハッとしたような表情になる。

椿(あぁ、そうだ。虎之介さんにお伝えしたいことが……」

虎之介「どーかしましたか?」


不思議そうに椿の顔を覗き込む虎之介。

椿は、少しほおを赤く染めながら口を開いた。


椿「お祭り……」

虎之介「祭り?」


予想もしていなかった単語に、コテンと首を傾げる虎之介に、椿はこくんと頷いた。


椿「虎之介さんと一緒にお祭りへ行きたい……です……」


モジモジして恥ずかしそうにうつむく椿。


椿(虎之介さんは、忍び……何か訳があって、忍びは大勢の人の前に出るのが難しいことは、忍びについて何も知らない私でさえわかる)

(今、無理なお願いをしているということも。でも___)



椿「少しの時間、一緒に過ごすだけでいいから……」


椿(とっくに心を、盗まれてしまったんだから___)



虎之介は、しばらく無言で椿のことを見つめていたが、やがてふっと口角を上げた。


虎之介「こんなに美しいお嬢様の頼みだ。いいに決まってるさ」

椿「ほ、本当ですか」


パッと顔を上げて、嬉しそうな顔をする椿。

虎之介「___あぁ」

空には、一瞬だけ、流れ星が見えた。



◯回想終わり


要「だ、誰だよ、そいつ」

椿「え?」

要「男?」


悔しそうな表情をして椿に訴えかけるように問い詰める要。


椿(まずいわ……このまま言ってしまえば、要に虎之介さんのことがバレてしまう)


椿「いいえ、向かいの家に住んでいらっしゃる女性のお友達よ」


椿(ごめんなさい、絹江ちゃん……!)※向かいの家に住むお友達


要「……ふーん、ならいいけど。別に気にしてねーから」


椿に背を向けながらドバーッと涙を流す要。


椿「あっ、あと___」


椿が何かを思いついたようにポンと手を叩く。

穴埋めでどこか誘ってくれるのか……?と、大きな期待を込めて子犬のように振り返る要。


椿「今日、夕飯抜きですから」

要「え」


石化する虎之介に、椿は人差し指を立てた。


椿「主人に敬語を使わなかった罰。何度も言っているでしょう」

要「っは〜〜〜〜〜」

要(なんでダメなんだよ〜〜〜〜〜)


再びどばーっと涙を流しながら椿の部屋から出て行った要。


椿と要の距離は、一向に縮まらなさそうだ。



◯畳の部屋(夕方)


おばあさん「はい、できた!」

椿「わあっ」


姿見の前に映る椿の姿。

髪には、いつもつけていない赤色のかんざしをつけていて、かんざしからは金色の飾りが垂れ下がっている。

そして、椿の花柄の浴衣。帯には、中心に白い飾りがついていた。


おばあさん「ふふふ、とっても似合っているわね」

椿「ありがとうございます……っ」


嬉しそうな表情をしてぺこりと頭を下げる椿。

そんな椿の顔には、珍しく薄く化粧が施されていて、真っ赤な口紅がよく似合っていた。(いつもよりかわいく)


◯椿の部屋


椿が廊下から部屋の扉を開ける。

いつでも虎之介が入ってこられるようにと開け放っておいた窓からは、心地よい風が吹き込んできてカーテンを揺らしていた。


椿(まだ、いらっしゃらないのね)


しかし、次の瞬間。

カーテンがひとゆれした途端に、カーテンの奥から姿を現す虎之介の姿があった。


椿(え……誰か、いる……)


虎之介は、いつもの衣類を身に纏ってはおらず、水色の甚兵衛に紺色の帯、そして、狐のお面をかぶって、椿の部屋の窓の前に立っていた。


椿「虎之介さん……!」


彼が虎之介だということに気づいた椿が、彼の名前を呼ぶと、虎之介は首を傾げて笑った。


虎之介「行きましょうか、椿お嬢様」


そう言って虎之介は、椿に向かって手を差し伸べた。


◯屋台の並ぶ道

道の上には、提灯が飾られていて、夜だというのにも関わらず明るかった。

そして、たくさんの人で賑わっている。
そんな中、椿と虎之介は並んで歩いていた。

椿「あっ、飴売り……!」

椿は、何かを見つけたかと思うと、虎之介を置いて小走りで屋台に向かっていく。

そんな屋台には、色々な形と色をした飴細工が売られていた。


椿「かわいい……」

おじいさん「オススメは、こっちにある動物の形をした飴だ」

椿「わあ……」


目をキラキラと輝かせる椿の横に、後から追いついてきた虎之介が並んだ。


虎之介「おっちゃん、ひとつもらうよ」

おじいさん「はいよ、毎度あり」

椿「え?」


夢中で飴を眺めている椿の横で、さっさと会計をすませる虎之介。

そんな彼を、驚いたように見上げる椿。


虎之介「好きなもの、選びなよ」

椿「そ、そんな……!いいのですか……?」

申し訳なさそうな表情をして、首を傾げる椿に、虎之介は優しく微笑んだ。

虎之介「あぁ。俺からの贈り物ですよ」


椿「えぇと……どれも可愛いから迷ってしまう……」


そう言いながら真剣に飴を見つめる椿を見て、虎之介はくすりと笑った。

椿「なっ、何を笑っているのですか……!」

なんだか恥ずかしくて、頬を膨らませる椿。

虎之介「いーや、かわいいなって」

椿「なっ……」


ポ……と顔を赤くする椿。

椿(ズルい……不意に言うだなんて)

虎之介「ほら、これとかどうかな?」


顔を赤くする椿をよそに、ケロッとしたようにあるひとつの飴細工を指さす虎之介。

それは、小さなうさぎの飴細工。

虎之介「椿お嬢様のイメージに、ぴったり___」

椿「これにします」

虎之介「……?」

そう言って椿が手にしたもの、それは、虎之介がすすめたうさぎの飴ではなく。


虎之介「……なぜ虎を」


椿が大切そうに両手で持っていたのは、いちばん不恰好な虎の飴細工だった。

椿は、それをきゅっと握りしめて胸の前で大切そうに見つめる。


椿(書物でしか見たことはないけれど、やっぱりこれは虎だったのね)


椿「虎之介さんのお名前には、虎という漢字が入っているでしょう?」

虎之介「……」


虎之介は、びっくりしたように椿を見つめると、やがてぷはっと吹き出した。


虎之介「まったく、本当にあなたという人は……」


椿(虎を見るだけで、彼が思い浮かんでしまうなんてことまでは、言えない)


椿は、虎之介を見て、にこりと笑った。


◯色々な屋台


椿「金魚すくい……!」

椿「お団子屋さんだわ……!」

椿「果物が売ってる……!」



◯大通りから少し離れた木のベンチ


椿「ふふ、すごく楽しかったです」

満面の笑みでそう言う椿の横で、虎之介も微笑む。

椿(もうそろそろ、出し物もしまわれてしまう時間ね……)

虎之介とわかれる時間が近づいていることに、椿は寂しそうな表情をした。

虎之介「そんな顔をしないで、ほら、あなたは笑っていた方が綺麗なんだから」

椿「っ、はい……」


虎之介の大きな手で、椿の頬を優しく撫でる。


虎之介「やっぱり、笑っているのがいい」


椿(知りたい)

(あなたが、その面の奥で、どんな表情をしているのか)

(あなたの微笑む表情が、知りたい)


椿「……見せて、くださいませんか」


椿の手がゆっくりと上がっていき、やがて、虎之介の面に手がかかる。


虎之介「……」


椿「知りたいのです、あなたが……私を、どんな目で見ているか___」


しゅるりと紐がほどけて、狐の面がコトンと地面に落ちた___。(まだ素顔は映さない)





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