【漫画シナリオ】愛を知らないままの君に、心を盗まれるまで。
4話
◯前回の続き 人気のない木のベンチ
椿「知りたいのです、あなたが……私を、どんな目で見ているのか___」
椿の手が、しゅるりと面の紐を解いた瞬間、狐の面がコトンと地面に落ちた。
椿(彼の目は、狐のように金色で___)
(私を見る目は、まるで愛おしいものを見つめるような、そんな優しい目___)
椿は、虎之介の顔を見ると、目を見開いた。
見たことのなかった彼の顔、それは、黒い短髪、耳元に小さな耳飾り、そして、狐色の瞳。
椿を見るその目は、優しく細められていた。
虎之介「俺はきっと、あなたと一緒にいてもいい存在ではないとわかりきってる。公に出ることもできない、影であり、悪の存在なのだから」
虎之介の手が、椿の手を絡めとる。
虎之介「今までこんなことはなかったのに」
「あなたといると、どうにも自分が抑えられなくなる」
椿「っ、そんなの、私も同じです」
椿は、泣きそうな表情をして、彼の手を強く握り返した。
椿「それでもいい。あなたと一緒にいることがいけないことだなんて、誰にも言われていません」
虎之介「……」
椿「それにあなたは、悪なんかではない……」
椿は、もう片方の手で虎之介の頬に触れると、そのまま唇に片付けをした。
虎之介「っ……」
耳を赤くして、口元を手で覆う虎之介に、椿はくすりと笑いかけた。
椿「ほら、少し口付けしただけで顔をこんなに赤くするあなたが、悪人なわけがないもの」
椿・虎之介(きっともう、後戻りはできない)
(それでも___)
虎之介「……帰したくなくなるでしょうが」
椿「ふふ、このまま連れ去られても、何も文句は言いませんわ」
(もう少しだけ一緒にいることを、許してはくれないだろうか___)
椿の手首にかかった金魚の入った袋の中で、金魚は優雅に泳いでいた。
◯帰宅、玄関
椿「ただいま帰りまし___」
扉を閉めて、そう言った瞬間。
要「嘘ついてんじゃねーよ」
椿「え……」
椿の言葉を遮るようにそんな言葉が聞こえて、椿が振り返ると、そこには完全に怒った表情をした要が仁王立ちをしていた。
椿「要……?何、どうしたの?」
要「とぼけてんじゃねぇ」
怖い表情をした要が、椿に詰め寄る。
要「あの男、誰だよ」
椿「っ!」
椿(なんでバレて……)
要「俺に嘘ついてまで、そいつと行きたかったわけ?」
椿「ちがっ……」
椿(でも、断るために要に嘘ついたのは事実……)
要「ほんと、意味わっかんねー、腹立つ」
唇を噛んでうつむく椿に、要は吐き捨てるようにそう言うと、ダンッ!!と壁をたたいた。
椿「っ!」
ビクッ!と驚いて、怯えた表情をする椿。
要「なんで……」
「なんで気づかねーんだよ……バカ椿……」
そのまましゃがみ込む要。
椿は、困惑したように言葉を詰まらせていた。
◯要のフラッシュバック
要(本当に向かいの女と行ってんのか確かめるだけだ、別に心配してるんじゃねえし、浴衣を一目見たいとか思ってねーから……)
そう言って物陰から見ていると、
要(あ、いた___)
きちんとおめかしをした椿の姿を、要は捉えた。
でも、綺麗だな、なんて見惚れていたのもつかの間。
要「___は?」
要(俺の前で見せたことのない笑顔を向けられていたのは、知らない男だった)
呆然として目を見開く要。
要(すぐにわかった。あぁ、アイツは、あの男のことが好きなんだって)
◯回想おわり
要(今更ながら俺のこと好きになればいいのにとか、そういうことを思ってる自分が嫌いだ)
(アイツは何にも悪くないのに八つ当たりして、怖がらせて)
(誰を好きになろうが、誰と祭りに行こうが、アイツの勝手なのに___)
要「悪い、外の空気吸ってくるわ」
椿「あ……うん……」
何かを言いかけたように口を開いたけど、やがて椿は、静かに頷いた。
扉が閉められたとたん、シン……と静まり返る家の中。
椿は、悲しそうに、寂しそうに足元に目線を落とした。
◯家の外
要(あ〜〜〜、言っちまった〜〜〜)
要は、頭を抱えてずるずると座り込んだ。
要「完全なる八つ当たりじゃねえか……何やってんだ、俺」
先ほどの、椿の悲しそうな表情を思い出して、要は思わず顔を覆った。
要「好きな女にあんな顔させるとか、ほんと、情けね……」
◯要の部屋の前
椿が、要の部屋の前で立ち尽くしている。
コンコン、とノックしようとすると、昨夜のことが頭に蘇る。
『ほんと、意味わかんねー、腹立つ』
それを思い返して、ノックしようとしていた手を降ろした。
椿「少し、散歩へ行ってきます」
「……」
当然返事はない。
椿(いつもいつも、ちょっとそこまで散歩に出ると言うと、すぐに支度をしてついてきてくれていたのに)
◯大通り
椿(すぐ近くだと言っても、着いていくって言って聞かなかったのに)
寂しげな椿の横顔。
(やっぱり、要に嘘をついてしまったからね……。どうしたら仲直りできるのか……)
うーん……とうなりながら歩いていると、ある店が目に入った。
そして、あるものを見つけた途端、パァッと明るい表情になる椿。
椿(これだわ)
椿「すみません、これをひとつもらえるかしら」
店員「毎度あり!」
〜お目当てのものを買えた後〜
椿「ふふ〜ん、ふーん♪」
椿は、鼻歌を歌いながら上機嫌で帰り路を歩く。
そんな椿の腕の中には、布袋が大切そうに抱えられていた。
椿(きっとこれなら、仲直りできるはず……)
その時だった。
女「キャァァア!」
そんな叫び声が聞こえて、椿が振り返る。
そしてざわめきだす周りの人たち。
椿(なんだか騒がしいわ……どうしたのかしら)
首を傾げる椿。
男「逃げろーッ!!!」
大勢「うわぁぁあ!!」
逃げ惑う人々に、椿も逃げようと、人の波にのるが、次の瞬間、手に持っていた要へのプレゼントを地面に落としてしまった。
椿「あっ」
慌てて振り返ってしゃがみ込む。
椿(あった、よかった……)
ほっとしたのもつかの間。椿は、目の前に迫った影に顔を上げると、息を呑んだ。
男「へぇ、いいところの小娘がいるじゃねえか」
椿(え___)
男は、ボロボロの衣服に、刀を地面に引きずって持っていた。その刀は、血で濡れており、男の奥で人がひとり地面に横たわっていた。
椿「っ……!」
椿は、急いで袋を拾い上げ、立ちあがろうとするけれど、チャキ……と、喉元に刀の先を突きつけられた。
男「たいそう恵まれて、幸せなんだろうなぁ」
ニヤリと笑みを浮かべる男。
椿(体が動かない。指一本、まるで動かすことができない)
どくん、どくん……と大きくなる椿の心臓。
男「本当に、幸せそうなやつらを見ているとはらわたが煮えくりかえる」
男が刀を勢いよく振り上げる。
椿「もう、ダメ……っ、死んでしまう……」
ギュッと目を瞑った椿。しかし、来ると思っていた衝撃は一向にこなかった。
椿(あれ……?)
おそるおそる片目を開けると、目の前には、要の大きな背中があった。
要は、すんでのところで相手の握る刀の柄の部分を持って、刀を留めていた。
椿「要……!?」
男「なんだ貴様は!」
オオオ!と叫びながら再び襲い掛かろうとする男に、要は上段回し蹴りを放った。
男「ぐはっ……」
すっ飛んで、膝をついた男。
そして要は、くるりと振り返ったかと思うと、椿の腕を掴んで走り出した。
要「逃げるぞ!刀を持ってちゃ、丸腰ではどうにもなんねえ!」
要に手を引かれる椿は、「うん……っ」と必死な表情で頷いた。
◯路地裏
要「ここまでくれば、さすがにもう大丈夫だろ」
要と椿は、膝に手をついて息を切らしていた。
要は、汗を拭いながら周りを伺うような素振りを見せる。
椿「あ、あの、要……」
家を出る前、喧嘩をしてしまった気まずさから、目を逸らしながら彼の名前を呼ぶと、要は「んだよ」と首を傾げた。
椿「あ、……ありがとう。助けてくれて」
椿がそう言うと、後ろを向いて頭をガシガシとかく要。
要「お前のことを守るのが俺の役目だから、あたりめーだろ。今更なんなんだよ」
要(まあ、心配で尾行してただなんて言えねーけど)
椿「あのね、要、昨日はごめんなさい」
要「え……」
要が少し驚きながら後ろを振り向くと、そこには小さな袋を要に差し出している椿。
要(あれは確か……)
要の頭の中に、先ほどの光景がフラッシュバックする。
何かを落として、慌てて取りに戻る椿の姿。
椿「気に入ってくれるといいのだけど……」
「仲直りがしたかったの」
そう言って笑いながら、少し恥ずかしそうに後毛を耳にかける椿。
要「お前……そんなことのために……取りに戻ったのかよ……?」
椿「え……?」
首を傾げる椿の肩を、要は勢いよく掴んだ。
要「何やってんだよ!あの時、少しでも俺が遅れていたらお前は死んでたかもしれねえんだぞ!」
椿「っ……」
悔しそうに叫ぶ要。
要「お前に傷ひとつでもついたら、俺はもう……」
そして、下を向いて唇を噛み締めながら悔しそうな表情をする要は、椿に顔を見せないようにと椿の肩に額をのせた。
要「頼むから、俺から離れるな……」
椿「……」
椿は、要が泣きそうになっていることを察して悲しそうな表情になると、ゆっくりと彼の背中に腕を回した。
椿「それでも、要を傷つけてしまったことを謝りたくて……。心配かけて、ごめんなさい」
要「っ……バカ椿が……」
空は、夕暮れ色に染まっていた___。