天才冷徹ピアニストと譜めくりすと
「この曲は、僕からみなさんへのプレゼントです。楽屋にいらしていただき、お花などもいただき、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、葉月諒は颯爽と楽屋を出て行こうとした。
だが、廊下の向こうからすごい勢いで楽屋に飛び込んできたアイのせいで、部屋から出られなかった。
「なに? 相変わらずがさつだなあ、アイさん」
「嫌味言ってる場合じゃないです。大変です」
「だからなにが?」
「譜めくりすとが――譜めくりすとの瑤子さんが逃げましたっ! さっきまで楽屋にいたんですけど、泣いたりしてて様子がおかしくて、ちょっと目を離したすきに、書置きを残して」
アイが差し出した手紙を、葉月諒はひったくるようにして掴み、読んだ。
「もう葉月さんの譜めくりはできません。0.1秒たりとも狂わないタイミングで完璧に楽譜をめくるって、私には無理でした。練習しましたけど、コンサートの後は、いつも、あそこがだめだった、ここがだめだった、のダメ出しオンパレード。これ以上やったら病んでしまいそうですので、大変申し訳ありませんが、本日をもって辞めさせていただきます」
手紙をぐしゃりと握りしめた葉月諒の表情は平然としていたが、右の眉がピクリと上がったのを、私は見逃さなかった。
葉月諒が楽譜を見ながらピアノを演奏するのは有名だ。本当はすべて暗譜しているのではと思うが、楽譜があった方が安心なのかもしれない。
まさか譜めくりの代わりなんて、こんな直前に用意できないだろう……どうするんだろう……楽屋の緊迫した雰囲気にいたたまれなくなり、私はこっそり楽屋を出ようとした。
だが。
「きゃっ!」
誰かが手を掴んで私は悲鳴を上げた。
視線を揚げると、掴んでいたのは――葉月諒だった。
ぺこりと頭を下げ、葉月諒は颯爽と楽屋を出て行こうとした。
だが、廊下の向こうからすごい勢いで楽屋に飛び込んできたアイのせいで、部屋から出られなかった。
「なに? 相変わらずがさつだなあ、アイさん」
「嫌味言ってる場合じゃないです。大変です」
「だからなにが?」
「譜めくりすとが――譜めくりすとの瑤子さんが逃げましたっ! さっきまで楽屋にいたんですけど、泣いたりしてて様子がおかしくて、ちょっと目を離したすきに、書置きを残して」
アイが差し出した手紙を、葉月諒はひったくるようにして掴み、読んだ。
「もう葉月さんの譜めくりはできません。0.1秒たりとも狂わないタイミングで完璧に楽譜をめくるって、私には無理でした。練習しましたけど、コンサートの後は、いつも、あそこがだめだった、ここがだめだった、のダメ出しオンパレード。これ以上やったら病んでしまいそうですので、大変申し訳ありませんが、本日をもって辞めさせていただきます」
手紙をぐしゃりと握りしめた葉月諒の表情は平然としていたが、右の眉がピクリと上がったのを、私は見逃さなかった。
葉月諒が楽譜を見ながらピアノを演奏するのは有名だ。本当はすべて暗譜しているのではと思うが、楽譜があった方が安心なのかもしれない。
まさか譜めくりの代わりなんて、こんな直前に用意できないだろう……どうするんだろう……楽屋の緊迫した雰囲気にいたたまれなくなり、私はこっそり楽屋を出ようとした。
だが。
「きゃっ!」
誰かが手を掴んで私は悲鳴を上げた。
視線を揚げると、掴んでいたのは――葉月諒だった。