策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 「なんでわたしだって、わかったんですか?」
 「うーん? なんでだろうね」と支社長は、はぐらかす。

 「支社長!」
 「知りたい?」
 「はい」

 支社長はわたしの右手を指さした。
 「その指輪だよ。なかなか見ないデザインだしな。てっきり彼氏からのプレゼントかと思ってたんだけど」

 わたしはハッとして、自分の右手に目をやった。
 今も薬指で鈍く光っているシルバー製の指輪は、昨年、病気で亡くなった叔母の形見だ。

「いえ、これはピアニストだった叔母の形見で」
「そうなんだ。じゃあ、叔母さんに手ほどきを受けたの? ピアノは」
「いえ、叔母は遠くに住んでいましたし、海外に行くことも多かったので、近所の先生に習っていました」

 指輪は葡萄をモチーフにした珍しいもので、小さな紫水晶を囲むように葡萄の実と葉がデザインされている。
 けっして高価なものではないけれど、お守りとして、毎日欠かさず身につけていた。

 ピアノを始めたのも、ピアニストだった叔母に憧れたから。

 ひたすら練習に励んだおかげで、小学生のころ、先生に勧められてコンクールに出場し、全国大会まで行ったけれど、あの独特の緊張感に耐えきれずに出番の直前に吐いてしまい、棄権してしまった。

 自分が極度のあがり症であることを知り、これではピアニストは無理だ、と諦めた苦い思い出だ。

 動画をアップするようになったのは大学生になってからで、玖美に勧められてのことだった。
 プロにはなれなかったけれど、こうして世界中の人に自分の演奏を聴いてもらえるようになったのだから、今はとてもいい時代だと思う。

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