策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 「へっ?」
 「和久井さんってのもよそよそしいし、やっぱり名前だろうな。な、有希乃」

 急に下の名前で呼ばれて、ドキっと胸の鼓動が高鳴った。

 ああ、もう。やっぱり反応しすぎ。
 この2日間、心臓の周囲をセメントで固めておきたい。

 「いえ、それはちょっと……無理です」
 「そうはいかないよ。恋人同士なんだぞ、俺たち」
 「だから、それはご両親やご親戚にお会いするときだけでいいのでは」

 支社長はわざとらしく首を振る。
 「いんや。今から慣らしておかないと。達基って呼べよ。なんなら〈たっちゃん〉でもいいけど」

 た、たっちゃんって……
 一瞬、絶句したのち、わたしは下を向いたまま言った。
 「たっちゃんはいくらなんでも。じゃあ、達基……さん」

 まずい、顔が熱くなってきた。
 きっと蛸になってる。

 何、真っ赤になってんだよって、絶対、言われると思っていた。
 いつものからかい口調で。

 でも支社長は「そんな初々しい反応するなって」とちょっと困ったような声を出した。

 わたしは「自分で言わせたくせに」と言いかけたけど、言う直前に心の中に押し留めた。

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