策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 新幹線を降り、在来線に乗り換えて15分ほどで目的地に到着した。
 入社式のとき、ビデオの紹介は見たけれど、訪れるのははじめてだ。

 現代的な駅舎にはショッピングセンターも併設され、心惹かれるような明るい雰囲気だったけれど、大仕事が控えているわたしには、悠長に周りを見回す余裕など、ある訳がない。

 これから、いよいよご両親とのご対面だ。
 本物の恋人じゃないんだから、緊張する必要はないと自分に言い聞かせても、鼓動が速まってゆくのを抑えることはできない。

 とにかく、こういうドキドキする場面は本当に苦手なのだ。

 「達基さん」
 駅前のロータリーまで行くと、スーツ姿の初老の男性が出迎えてくれた。

 「親父の運転手の酒井さんだ」と紹介され、「はじめまして。木谷有希乃です。この度はお世話をおかけします」と緊張気味に挨拶する。

 酒井さんは「これはこれは。ご丁寧なごあいさつ、痛み入ります」と言ってから、わたしたちのキャリーケースをトランクに積みこみ、後部座席のドアを開けてくれた。

 車に乗り込むと、支社長がわたしの顔を覗き込んできた。

 「顔、ひきつってるな。そんなにテンパらなくても大丈夫だって」

 わたしはぶんぶんと首を振る。
 「いえ、緊張するなって言うほうが無理です」
 
 すると、支社長は笑いを含んだ声で、痛いところを突いてきた。
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