策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 黒光りしている石敷きの玄関に、脱いだ靴をそろえてから上がった。

 正面には額装された書が掲げられ、明るい色目の木の廊下は、ぴかぴかに磨きぬかれている。

 「心配しなくても俺が適当にごまかすから。有希乃はただ座っててくれればいいだけだからね」

 廊下を歩きながら、支社長はそう囁きかけてくれたけど、もう緊張でカチコチになっているわたしの耳に、その声は入ってきていなかった。

 案内されたのは洋室の応接間だった。

 和室でなくてよかった、とほっと胸をなでおろした。
 正座は不慣れなので、しびれを切らしてひっくり返りでもしたら、目も当てられないところだった。

 ドアがノックされ、びくっとしたけれど、入ってきたのは年配の家政婦さんで、お茶とお菓子を持ってきてくれた。

 それからしばらくして、奥から足音が聞こえてきた。

 もう家政婦さんな訳はないので、わたしの緊張は最高潮に達して、口から心臓が飛び出しそうになる。

 「待たせたね」
 ドアが開き、支社長のお父さまである、本社社長の渋い声が耳に入ってきた。

 白髪で恰幅がよく、とても貫禄のある方だ。
 でも、言葉からも態度からも尊大さはまるで感じられない。

 そういえば、支社でも本社社長を悪く言う人に出会ったことがない。
 尊敬を受けるに値する好人物だともっぱらの評判だ。

 
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