策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 支社の視察にお見えになった社長に、一度だけご挨拶したことはあったけれど、ちゃんとお話しするのは、今日がはじめてだ。

 わたしは立ち上がり、深々と頭を下げた。

 「木谷有希乃と申します」

 顔を上げたわたしを見て、社長はちょっと首を傾げた。

 「おや、あなたとは前にお会いしたことがあるんじゃないかな」

 あの時は、お茶をお出ししただけだったのに、人並み外れた記憶力をお持ちなのだと感心する。
 支社長も同感だったようだ。

 「へえ、親父、よくわかったな。彼女は今、小野の下について、俺の秘書をしてくれているんだよ」

 「秘書……。ああ、そうか。思い出したよ。君の入れてくれたお茶がとてもおいしくてね。それで心に残っていたんだな」と社長は納得顔で頷き、ソファーに腰を下ろした。

 そんなことを言われるなんて、思ってもみなかったので、わたしは顔を赤くした。

 「へえ、まあ確かにうまいけどね、有希乃の入れるお茶。それにコーヒーも絶品なんだよ」

 支社長にまで、そんなことを言われ、わたしはもう、身の置き所に困ってしまった。

 「支社の調子はどうだ」と社長が仕事の話をはじめたので、わたしは内心でふーっと息を吐いた。

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