策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 もし、わたしが本当に支社長と付き合っていたとしたら、この場で倒れていたかもしれない。
 フリをしている今でさえ、こんなに心臓がバクバクしているのだから。

 口がからからになってきたわたしは、こぼさないように気をつけながら、慎重に湯呑に手を伸ばした。

 お母さまは好奇心に目を輝かせて、支社長に尋ねた。
 「今まで一度も彼女を紹介してくれたことなんてなかったのに、どういう心境の変化なのかしら」

 「一目ぼれして、口説き落とした人だからね。大切にしたいんだよ」

 支社長のその言葉に、思わず、お茶を吹きそうになる。

 一目惚れって? 口説き落としたって、なに?
 わたしはちょっと呆れた。
 嘘をつくにもほどがある。

 さらに支社長は、言葉だけでなく、なんともいえない甘やかな表情を、わたしに向けてくる。 

 な、何も、そんな演技までしなくても。
 偽りだとわかっているのに、そんな艶めかしい眼差しを向けられたら、どうしても頬が紅潮してきてしまう。

 「そうなのね、とても可愛らしいお嬢さんですものね」
 「だろ。あ、そうだ、彼女。ピアノがとても上手なんだよ。ネット動画も人気なんだ」
 「あら、素敵ね」

 お母さまはさらに目を輝かせた。
 そして、それまでとは打って変わって、いわば同志に向けるような眼差しでわたしを見つめてきた。
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