策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 「シューマンもリストもいいですよね。わたしも大好きです。リストの超絶技巧の難曲、挑戦してみたい気はあるのですが、さすがに難しくて」

 「まあ、すごい。私は、はなから諦めているわよ。聴く方専門」

 お母さまは茶目っ気たっぷりにウインクして、それから思わず可愛いと言ってしまいそうな表情で微笑まれた。

「芸は身を助ける」とはよく言ったものだ。
 音楽の話題なら気兼ねなく話すことができたので、とても助かった。

 ついさっきまで、失言して、偽恋人であることがバレるのではないかという恐れと緊張で、冗談でなく倒れそうだったけれど、少し気持ちが落ち着いてきた。


 「有希乃さん、本当に音楽にお詳しいのね。お話ができて、とても嬉しかった。今度、ぜひ一緒にコンサートに行きましょうね。わたし、よく東京まで聴きにいくのよ」

 「あ、はい……」
 どう答えたらいいものか、とちょっと言葉に詰まっていると、テーブルの下で支社長に足でつつかれたので「はい、ぜひご一緒させてください」と慌てて答えた。

 こちらの話がひと段落したのを見てとった社長が、そこで口を開いた。

 「達基、では木谷さんとは、結婚を前提にお付き合いをしているとの理解でいいんだな」

 「ああ。これ以上ないほど、真剣に交際している。これほど好きになった人は初めてなんだ。だから、あの話は断ってもいいよね」

 ああ、と社長は頷いた。
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