策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 部屋は程よい広さのシングルルーム。
 ロマンチックという形容がふさわしい、可愛らしい内装の部屋だった。

 テレビの横にショルダーバッグを乱暴に置き、窓辺まで行ってレースのカーテンを開け、外を眺めた。

 部屋は中庭に面していて、シルバークレストや色とりどりの花々が植えられている大鉢が、等間隔で並んでいる。
 よく晴れているので、石畳の床には、木々のくっきりした影が落ちている。

 まるでヨーロッパに来たような気分にさせてくれる素敵なホテルだ。
 でも、今のわたしの心は、まったく浮き立たない。
 これがただの旅行だったら、興奮して写真を撮りまくっているところだけれど、そんな気分にとてもなれなかった。

 やっぱり東京に帰ろう。

 さっき、車の中で目をつぶって考えているうちに気づいてしまったから。
 自分がここまで落ち込んでいる本当の理由に。

 最初は、あんなに善良で息子思いのご両親を、支社長が平然と騙していることに腹が立って、こんなに気分が落ち込むのだと思っていた。
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