策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 フロント係の人に「急用ができたので、部屋をチェックアウトしたい」と言って、財布からカードを出そうとしている最中に、支社長が慌てた様子でエレベーターから降りてきた。

 「すみません、その部屋、そのままにしておいてください」
 彼はカウンターに置かれていたキーを掴みとり「とにかく、ちょっと話そう」と、わたしのキャリーケースを持って、ラウンジに向かっていった。

 わたしは後を追った。

 「支社長、それ返してください」
 「理由を聞いてからだ」

 業を煮やして、わたしは立ち止まった。
 支社長が振り返って、歩み寄ってくる。
 わたしは彼を見上げた。


 「理由は、もうこれ以上、嘘をつきたくないからです。明日は支社長お一人でなんとかしてください。申し訳ないですが、もう一切、協力はできません」

 わたしがそう言うと、彼は驚くほど深々と頭を下げた。
 土下座もしかねない勢いで。

 「とにかく、帰る前に俺の話を聞いてくれ。有希乃、頼む」

 なかなか頭を上げない支社長の態度に困惑して、わたしは小声で言った。

 「支社長、こんなところで困ります。早く顔を上げてください」

 わたしたちが言い合っていることに気づいて、周りの人たちもこちらの様子を伺いはじめた。
 
 なにしろ、彼の家は地元の名士。
 支社長の顔だって、知られていないとも限らない。
 それにここに知り合いがいるかも知れないし。

 今の様子を写真を撮られて、SNSでさらされて、問題になりでもしたら……

「わかりました。話を聞きますから」

 支社長はようやく頭を上げて「ありがとう」と固い表情のまま、言った。
 

< 37 / 59 >

この作品をシェア

pagetop