策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 「……好き……みたいなんです。支社長が。偽の恋人を演じるのが辛くなってしまって、どうしても帰りたくなってしまうぐらい」

 「みたいが気になるけど、まあいいか。大いなる前進だ」

 彼は喜びに顔をほころばせ、そして手にぎゅっと力を込めた。

 「じゃあ、もう帰るって言わないよね」

 支社長は嘘をついていなかったのだし、わたしの片思いでもなかった。
 ということは、帰る理由はすっかりなくなってしまった。

 「あ……はい。そういうことになりますね」

 「良かった」
 支社長はふーっとため息をつき、柔らかい眼差しを向けてきた。

 「じゃあ、とりあえず晩飯を食いにいかないか。実は腹ペコでさ」

 「……はい」

 わたしはこくりと頷いた。
 思いがけなさすぎる告白に気持ちがソワソワしていたわたしは、まるで空腹は感じていなかったけど。

 彼は笑顔を浮かべ、レシートを手にして立ち上がった。

 そのあとについていきながらも、まだ、頭はぼーっとしている。

 支社長がわたしのことを好きだなんて。

 いや、これ、夢かも。
 あんなに疲れていたんだから、知らないうちに部屋で寝てしまったとか。

 確かめるために、左手の甲を思いっきりつねってみた。

 「痛っ」
 夢じゃない。

 「今、夢かと思ってつねってみたんだろう。本当に有希乃は可愛い」

 支社長はまたわたしを見て、目を細めた。
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