策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 わざとはぐらかされて、胸がまたちょっと疼く。

 わたし、重症だ。
 過去の思い出に嫉妬してしまうほど、この人のことを好きになっているなんて。

 彼はもう片方の手も壁についた。
 「言ってごらん。他の人とキスなんて、妬けちゃいますって」

 「そんなの無理」

 「じゃあ、どんなことなら言える? 好きって言える? 〈みたい〉はなしで」
 そう言って、さらに距離を詰めてくる。
 吐息がかかるほど、近く。

 「言わなくても、わかってますよね、達基さんは」
 
 「ああ、有希乃の考えてることはほとんどわかる。必死で読み取っているからね。それって、俺が有希乃にずぶずぶにハマってるって証明にはならない?」
 
 「……なると思います」

 
 彼は微笑むと、わたしの顎に指を添えた。

 「有希乃、でも、これは答えて。キスor クライ?」

 彼を見つめながら、わたしは言った。

  「……キス」と。

 彼は吐息とともに、そっと触れるだけの、とても優しいキスをくれた。
 
 そして、わたしの全身を包み込むように抱きすくめた。

 「好きだよ、有希乃」

 その力強い腕の感触、そして甘く耳に入り込む声音に、蕩けてしまいそうになったわたしも、彼の背に腕を回した。

 「わたしも好き……です。達基さんが」
 「嬉しいよ」

 そう言って、優しくわたしの頬を撫でてから、彼はまた唇を重ねた。

 今度は……なかなか離してくれなかった。
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