策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 「ピアノを弾いているところを、ですか?」

 「ああ。連絡通路のところに置いてあっただろう、期間限定のストリートピアノ」

 「はい。ええ、もちろん覚えてます」

 彼はつないでいたわたしの手を持ちあげ、そっと口づけた。

 「俺、あのビルの「waku∞」に視察に行っててさ。その帰りだった。『月の光』を弾いてただろう、ドビュッシーの」


 わたしも、あの日のことはよく覚えている。
 吹き抜けの天井にピアノの音がよく響いて、気持ちよく演奏できたことも。
 

「とても感激したよ。街中であれほどの演奏が聴けるなんてね。で、曲が終わったあと、女の子が有希乃のそばに駆け寄っていっただろう」

「ええ。とても目を輝かせてピアノを弾きたそうにしていたので、少しだけ『きらきら星』変奏曲を一緒に演奏しましたね、そういえば」

「あのときだったんだよ、俺が有希乃に心を持っていかれたのは」
 
 彼はわたしの肩に腕を回して、引き寄せた。

「少女を優しく見つめていたときの有希乃の笑顔が忘れられなくなってね。本当に天使かと思ったよ」

 わたしは彼を見上げながら、小さく笑う。
「言いすぎですよ、それは」

「いや、本心だよ。それから鬼のようにネット動画を漁って見つけたんだ。友だちがビデオを撮っていただろう」

「あ、はい。彼女は動画編集が得意なので」

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