策士な支社長は新米秘書を独占的に可愛がりたい
 「ああ、いや、これまでの秘書のなかには性質(たち)の悪い奴もいたからね。支社長夫人の座を狙ってるのか、やたら色目を使ってくる女とか。で、男にしたら、今度は俺の失脚を狙ってる本社の重役が送り込んだスパイだったり。でも、木谷にはそんな気遣い、いらないだろ?」

 彼は片方の口角を上げて、自信満々の顔で言い放つ。

 「だって、正直を絵に描いたような木谷が俺を(だま)せるわけがないから」
 
 もちろん、騙そうなんて考えたことは一度もないけれど、そこまではっきり言われると、なんだか(しゃく)な気もする。

 なんて言い返そうかと思っていたら、支社長が先に、意外なほど柔らかな口調で続けた。

 「でもさ、それだけじゃなくて」とわたしを見る目を細めてくる。

 「木谷を総務から引っ張りあげて、秘書にしたのは大正解だった。初めはとんでもない失敗ばっかするから、あちゃーって、頭を抱えたことが何度もあったけど、最近は見違えるほど気が回るようになったしな。『おたくの新しい秘書さん、たいへん丁寧で礼儀正しいですね』って取引先の評判もいいし。余計なストレスがなくて快適だよ。木谷と仕事するのは」

 「えっと……」

 こっちがまったく予想していないときにほめるのはズルい。
 不覚にも胸がキュンとしてしまった。

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