どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜
「死んで人の身を失った私は、もうグリュン王国の王太子妃にも王妃にもなることはありません。何をしようと、何を言おうと、もうエミールの足を引っ張る心配をしなくていいんですもの──私は、自由」

 まんまるに見開かれたドリーの緑色の瞳に映った私は、満面の笑みを浮かべていました。
 顎を離しても、ドリーはもうキャンキャンと説教をしてきませんでした。
 グライスとパルスが、少しだけ悲しそうな顔をして私を見上げています。
 
「うふふ、楽しそうですわねぇ、死に損ないちゃん?」
 
 パタパタと飛んできたどピンクのコウモリ──吸血鬼ジゼルが私の肩に止まり、面白そうな声で耳元に囁きました。
 彼女がどうして滅ばなかったのか、そもそも味方なのか敵なのかも分かりませんが、こんなに近くにこられても不思議と嫌悪感も危機感も覚えません。
 そのため、私はにっこりと微笑んで答えました。

「私はたぶん、嬉しいのです」
「嬉しい? まあ、何がかしら?」

 ジゼルは今度は不思議そうな顔をします。
 ドリーは何やらおろおろとしていますが、双子は瞬きもせずに私を見つめていました。

「私をこの年まで育ててくださったのは、義姉様です。何の恩返しもできないまま死に別れてしまったことを口惜しく思っておりましたが……」

 両親亡き後、私の親代わりを務めたのは兄夫婦でしたが、騎士団の仕事で家を開けることが多く、会ったら会ったで溺愛するばかりだった都合のいい兄とは違い、義姉は真実、母親役を務めてくれました。
 私を躾け、教育し、叱り、けれど寂しい時は必ず隣に寄り添ってくれたのです。
 義姉はいつだって、時間を惜しまず私の言葉に耳を傾けてくれました。
 彼女がいてくれたから、父と母が亡くなった後も枕を涙で濡らす夜はありませんでした。
 
「今こそ、義姉様にご恩返しをする時です」
 
 私は意気揚々と、隠し扉を開きます。
 とたんに差し込んできた日の光に、生前とは正反対の色合いになった髪が輝き、グライスとパルスが息を呑む音が聞こえました。
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