どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜
「……んむ、もうおなかいっぱい、です……」
とたん、またもや魔界人達の眼差しはほのぼのとしたものになる。
「聞いたか、今の寝言……圧倒的に可愛いのだが」
「夢の中で何を食べているんでしょうね? 可愛いですねぇ」
「かわいいいいいっ……!!」
「うふふ、可愛い……食べちゃいたい」
彼らはしばし、どうかしている、とアヴィスに扱き下ろされそうな表情で彼女の寝顔を見つめていたが、やがて居住まいを正した者がいた。
ジゼルだ。
まあ、居住まいを正したと言ってもどピンクのコウモリ姿なので、いまいち締まらないが。
ともあれ、彼女はギュスターヴに向き直ると、神妙な面持ちで口を開いた。
「アヴィスの眷属として、魔王様のお耳に入れておきたいことがございます。この子を召喚した、魔法陣について……」
「無用だ──見当はついている」
ジゼルの陳情はすげなく遮られてしまった。
そのギュスターヴは片腕でしっかりアヴィスを抱え直すと、携帯端末を取り出す。
先ほどの彼女に倣って、記念に写真に収めようというのだ。
「ドリー、撮ってくれ。かわいく」
「お任せください!! ……かわいく?」
魔王はあいにく自撮りが致命的に下手くそだったため、写真係にはメイドが抜擢された。
なお、アヴィスに会員制交流場のノウハウを教えたのも彼女である。
「か、かわいく……かわいく……」
かくして、自身の襟元に頬を埋めてすやすやと眠るアヴィスに、さも愛おしげに唇を寄せるギュスターヴという、なんとも幸せそうな画像が出来上がった。
ギュスターヴが魔王だと知らない者が目にすれば、神の慈愛を写した宗教画のように錯覚するかもしれない。
ついでに、かわいく、を意識し過ぎたドリーがふんわりピンクフィルターをかけてしまったものだから、恋人同士みたいな甘い雰囲気にも見えなくもなかった。
ギュスターヴは至極満足そうな顔でそれを眺めると、側近の携帯端末に転送する。
「ノエル、地下牢に繋いでる天使に送りつけてやれ」
「いや、あの状態で見れますかね……そもそも、こんなの見せられたら、カリガはまたぼっちの自分への当て付けかと発狂しますよ?」
「当て付けに決まっているではないか」
「ふふふ、魔王様も煽りますねぇ」
魔王と側近が悪い顔をしてそんなやりとりをしている隙に、メイドとドピンクのコウモリもちゃっかりアヴィスの寝顔を写真に収めていた。携帯端末のホーム画面にするという。
ギュスターヴはさらに、アヴィスの携帯端末にも件の写真を転送する。
そして、彼女の会員制交流場アカウントにそれを投げれば、またもや凄まじい勢いで拡散が始まった。
まおアヴィか、アヴィまおかという論争も勃発している。
そんな中、真っ先にイイネを付けたアカウントを眺めて、ギュスターヴは目を細めた。
「……ふん、ゴッド、なぁ」
アヴィスお気に入りの相互フォロワーのアイコン──澄ました顔の赤褐色の猫に、彼は見覚えがあった。
同じく猫を知っているノエルが目を丸くしているのに鼻で笑うと……
「あいつは、さぞ退屈していることだろう──アヴィスを育てるのに忙しい私と違ってな」
魔界の王は勝ち誇った顔をしてそう告げたのだった。