どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜


「──ちょっ、ちょっとちょっとちょっと! アヴィス!?」


 エミールを連れて魔王の寝室を出た私は、早々に顔見知りに遭遇しました。
 私の世話を任されたメイド、山羊娘ドリーです。
 そろそろ私を起こそうと、水差しとグラスを載せたトレイを持って魔王の寝室を訪ねようとしていたところだったと言います。
 ドリーは、私の隣でふよふよ浮いているエミールを指差し、青い顔をして叫びました。

「ななな、何なのよ、その子! おばけ!? おばけこわいっっっ!!」
「うるさい」
「うるさい」

 わあわあとうるさいドリーに眉を顰めつつ、ギュスターヴはどこかと尋ねます。
 すると彼女は、千切れて飛んでいきそうなくらい首を横に振りました。

「だめだめだめだめっ!! さすがに邪魔しちゃだめだからねっ! 魔王様は今、この先にある会議室に幹部を集めて定例会議をなさってるんだからっ!!」
「この先の会議室に魔王と愉快な仲間達が集まってるんですって、エミール。見に行きましょう」
「いいね、魔界の幹部とやらの顔を拝んでやろう」
「わぁああ! 私の愚かものぉおおおお!!」

 水差しとグラスが載ったトレイを抱えているせいでドリーの動きが鈍いのをいいことに、私はワンピースの裾を掴んで走り出します。
 こらーっ!! と焦った声が追いかけてきますが、知ったことではありません。
 空中を泳ぐようにしてついてくるエミールは、あははっと声を上げて笑いました。

「こうやってアヴィスと走り回るの、久しぶりだね」
「そうですね。小さい頃は、よく一緒に泥だらけになって遊びましたのにね」

 幼い頃から私とエミールは何をするのも一緒で、兄妹のように過ごしていました。
 そんな私達も年を重ねるにつれ、お互いの立場を自覚するようになります。
 エミールの許嫁として、私が本格的に清く正しく慎ましくをモットーにし出したのは、そういえば、両親が亡くなってからでした。
 母親代わりとなった義姉に、淑女らしく振る舞いなさい、将来あなたは王妃になるのですよ、と厳しく躾けられたためです。
 義姉の本心を知ってしまった今となっては、あんなに教育熱心だったのは私のためではなく、王妃の義姉となるご自身のためだったのかもしれませんが。
 ともあれ、もう私はグリュン王国の王妃にはなりませんから、淑女らしく振る舞う必要なんてありません。
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