どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜

39話 ごきげんよう

「まあ、エミール。何です? そのお顔」
「……」

 魔王城の会議室を後にした私は、隣でふよふよ浮いている相手を見上げて首を傾げました。
 大陸一の美男子と名高かったエミールの顔面が、苦虫を盛大に噛み潰したみたいになっていたからです。
 そんなエミールは空色の目で私をじろりと見下ろすと、憤懣やるかたないといった様子で口を開きました。

「許嫁の僕を差し置いて、他の連中とキスするなんて随分じゃないか」
「はあ、キス……」

 どうやら、ギュスターヴや魔女に精気を口移しで与えられたこと──それを私が平然と受け入れていたことが気に入らないようです。
 魔王城の広い廊下を歩きながら、私は小さく肩を竦めました。

「あれらをキスに数えるなんて、エミールは意外と純情なんですね」
「……は?」
「あんなの、挿し餌みたいなものです。私たちも昔、巣から落ちた小鳥に手ずから餌を与えたことがあったでしょう? あれと同じです。ただ、その餌がくどいというだけで」
「どれだけくどいんだよ」

 エミールは今度は呆れたような顔をします。
 かと思ったら、ふいに私に顔を近づけてきたのです。

「エミール?」

 額と額が、鼻先と鼻先が、そして唇と唇がぶつかりそうになり──けれども、結局私たちが体温を分け合うことはありませんでした。
 何しろ、今のエミールには実体がないのですから。

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