どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜
「ヒヨコ、いいですか。せーの、でひっくり返しますよ」
「こら、アヴィス。めっ。もったいないおばけがくるぞ」

 焦れた私が缶の中身をぶち撒けようとするのを、ギュスターヴがまた保護者面をして叱ります。
 もったいないおばけ、とはどなたでしょう。
 ギュスターヴもノエルもクッキーを爆食いする気分ではなかったのか、ちょうどお茶を持って現れたドリーに応援を頼みました。
 情報通の山羊娘によれば、こちらは天界で大人気のお取り寄せクッキーで、現在注文から発送まで一年待ちだそうです。知ったことではありませんが。
 私はドリーが持ってきた大皿の上にさっさと中身をぶちまけ、念願の缶を手に入れました。

「空の缶がそんなにいいのか? そうだ、中に詰めるものをやろう」
「結構です。その手に持っている赤いのは、今すぐしまってください。吸血鬼じゃないのですから、血を固めて作った石などいただいてもうれしくないですからね」
「魔王の血だぞ。吸血鬼でなかろうと、持っていて損はないと思うがな。それで、その缶にお前は何を入れる気だ?」
「何って……えっと、何でしょう……?」

 天界製のクッキー缶は真っ白で、蓋に金色の線で緻密な絵が刻み込まれていました。
 様々に咲き乱れる花に囲まれて、一匹の猫が寛いでいます。
 こちらをじっと見つめる猫の目を見て、私はふいに強い既視感を覚えました。

「何か、あったような気がします。何か……しまっておかないと、いけないもの……」
「なぜ、しまっておかねばならない?」
「だって……そうでないと、みんなが……」
「どうなる?」

 記憶の奥底で、何かがざわりと蠢くのを感じます。
 それに驚いてうっかり缶を落としそうになりましたが、すかさずヒヨコが支えてくれました。
 私の手元に残ったのは、蓋だけです。
 そこに描かれた猫と目が合い、私の中でまた何かが蠢きました。
 その正体に興味がないと言えば嘘になるでしょう。しかし……
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