どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜
「貴様、おこがましいにもほどがあるぞ」
「な、なんだと!?」
「新生児期から始まり殊更手のかかる八年間と、言語能力も認識力も高まり善悪の判断もつくようになってからの十年間を同列に数えていいわけがなかろう。乳幼児を死なせずにいるのがどれほど難儀なことか、知らぬのか」
「うっ……ぐうの音……」

 兄が魔王にド正論で言い負かされてしまいました。
 ちなみに、おそらくですが、亡き父は子煩悩な人ではありましたが、殊更子育てに熱心だったわけではなく、私の世話なんていうのは母や乳母に丸投げだったように記憶しています。
 ついでに兄も兄で、騎士団の後進を育てるのにかかりきりで、双子の我が子の面倒さえろくに見ていなかったと思うのですが。
 しかし、今ここでそれを口にしたところで、余計に面倒くさいことになりそうなだと察した私は、賢明にも口を噤みます。
 正しく場の空気を読むのは、社交界で生き延びるための鉄則なのです。
 それに、兄の家庭問題を浮き彫りにしている場合ではありませんでした。
 
「いいとこ取りをしてふんぞり返っている貴様と違い、私にはこの生まれたてほやほやのアヴィスを立派に育てていく心積もりがある」
「な、なな、なにぃ!?」

 ギュスターヴがますますおかしなことを言い出したからです。

「よって、アヴィスは心置きなく、私をお父さんと呼びなさい」
「いやですけど」
「さて、帰るぞ。ああ、そうだ。城に戻る前に先日バズっていた羊羹を買いにいこう。黙って魔界を空けてきたからな。ノエルの機嫌をとらねばならん。こう見えて、お父さんもなかなか大変なのだよ」
「絶対、呼ばないですからね?」

 言いたいことだけ言って、ギュスターヴは私を抱えたまま踵を返します。
 ヨウカンって何でしょう。
 バズって、とはどういう意味なのかしら。
 魔王のくせに、側近の機嫌をとらないといけないのですか。
 聞きたいことはいろいろとありますが、不思議と私は、ギュスターヴの腕から降りたいとは微塵も思いませんでした。
 魔界に〝帰る〟という彼の言葉にも、少しも抵抗を覚えません。
 私の帰るべき場所は、もう地界でも、グリュン王国でも、ローゼオ侯爵家でも──そして、エミールの隣でもないのでしょうか。
 そんな私を、十八年間馴染んだ声が追いかけてきます。
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