どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜
「人間の貴族の娘というのは、一様に貞操観念が高いものだと思っていたが……」

 どうやら、私がいきなり唇を塞いできたのが意外だったようです。
 魔王は存外常識人で、その認識はだいたい間違ってはいません。
 よって私は、うんうんと首を縦に振りました。
 頭頂部に乗っていた顎も一緒にガクガクしましたが、知ったことではありません。

「その通りです。私も生前は、エミールとだって手を繋いだことしかありませんでしたもの」
「ほう。ということは、あれか? 私が初めてのキスの相手ということか? 〝ファーストキスはお父さんと〟というやつか?」
「全然、違います。そもそもお父さんじゃないですし、ギュスターヴは所詮二人目です。あなたが寝ている間に別のひとから精気をいただきましたので」
「なん……だと……?」
 
 そのとたん、シャッと勢いよく天蓋のカーテンが開いて現れました。
 私の、初めてのキスの相手が。

「うふふふふふ……おはようございます、お寝坊さんな魔王様。この私が、アヴィスのハジメテの男です」
「ノエル、貴様……」

 ギュスターヴとは見た目の印象が正反対の側近、ノエルです。
 やたらと天使っぽいと思ったら、本当に元天使らしいです。
 背中にあった翼は魔界に堕とされた際にギュスターヴにもがれたらしいですが、なんだかんだで今は仲良くやっているようです。
 寝坊助な魔王と違って、この側近は朝五時には起きて庭掃除を始めてしまうため、私はばっちり覚醒した彼から正々堂々と精気をいただきました。

「ギュスターヴよりノエルの方が好みです。あっさりしていて」
「おやおやおや、まあまあまあ。すみませんねぇ、魔王様。魔王様を差し置いてアヴィスに好かれるだなんて、恐縮しちゃいますねぇ」
「黙れ、ノエル。あくまで精気の好みの話だぞ。いや、しかし納得いかない。何だ、そのラーメンの食レポみたいな感想は。アヴィス、もう一回しっかり味わってみなさい」
「けっこうです。もう、お腹がいっぱいなのでいらない──いらないですってば!」

 丁重にお断りしているというのに、唇を押し付けてこられても困ります。
 飼い主の愛情過多に無の表情になる猫ちゃんの気持ちが少しだけ分かりました。
 ギュスターヴの胸に両手を突っ張って全力で拒めば、ようやく唇が離れました。
 しかし、片腕で私をガッチリと抱き込んだまま、彼が部屋の外へを呼びかけます。
< 63 / 249 >

この作品をシェア

pagetop