どいつもこいつも愚か者。私が一番愚か者! 〜第二の人生は魔王のスネをかじって面白おかしく生きることにしました〜
「──私の子に何をする」
突然灯りが点いたみたいに、洞窟の底がぱっと明るくなりました。
魔王ギュスターヴ──その上質のシルクのごとく銀髪の一本一本が発光し、辺りを照らしているのです。
魔王のくせに、やたらと神々しい登場です。
けれども、クモ之介がその光景を目にすることはありませんでした。
もちろん、魔王の焦り顔を見ることも叶いません。
なぜなら彼は、ギュスターヴが現れると同時に細切れになってしまったのです。
もしかしたら、魔王が来たことに気付く暇もなかったかもしれません。
私の左腕を刺した爪なんて、もはや粉末です。
とにかくクモ之介は、悲鳴を上げる間もなくクモ美のもとに召されてしまいました。
ギュスターヴの方も、クモ之介という存在をどれほど認識していたでしょう。
その残骸になど目もくれず、現れた瞬間から彼の視線が捉えているのは私ただ一人でした。
「城から出たとは思っていたが……アヴィス、これはどういう状況だ」
グリュン城でエミールと対峙した時は、子供の喧嘩に親が口を出すべきではないだのと言って、自分と私以外の者の動きを封じただけでしたが、相手が魔物であれば一ミクロンも容赦をしないようです。
私が、今し方自分の身に起こった出来事を掻い摘んで説明しますと、ギュスターヴはそのお綺麗な顔をわずかに顰めました。
「事情は分かった。しかし、アヴィス。軽率に血を流すのはやめろ」
「ですが、ギュスターヴに気づいてもらおうと思ったら、血を流すのが一番手っ取り早いではありませんか。別に痛くも痒くもありませんし」
「私の心が痛むのだ。お前はまだ親になったことがないから分からないのだろうが、可愛い我が子が血を流す姿を見ることは、我が身を引き裂かれるより辛いことなんだぞ」
「……親になったことがないのはお互い様でしょう」
ツカツカと歩み寄ってきたギュスターヴは私を抱き上げ、有無を言わさず口付けました。
流れ込んできた精気は、今日もやっぱりちょっとくどいですが、傷には覿面。たちどころに塞がります。
おかげで傷ひとつなくなった私を検分して、ギュスターヴはようやく満足そうに頷きました。
眉間から皺が消え、それこそ彫刻のように完璧で美しい魔王の顔をまじまじと眺めた私は、それにしましても、と口を開きます。