人生終了のお知らせが届きました

出会いは10年前

 社長室に通された孝弘は、ビジネスバッグから債権回収の書類を取り出し、岩井の前に差し出した。岩井は、おもむろに老眼鏡を掛け、書類の確認を始める。
 静かな部屋には、時を刻む時計の音がコチコチと響いていた。

 紗理奈の居る隣の部屋の様子が気になる孝弘は、何気なく扉に視線を移した。
とたんに思考は、紗理奈の事で埋め尽くされて行く。

 中学2年生だった孝弘は、ひまわり園に入所して3ヶ月が過ぎても、複雑な家庭環境と思春期という年頃もあり、誰とも関わり合いを持たずに自分の殻に閉じこもっていた。
 そのひまわり園に両親を事故で亡くした紗理奈が入所して来たのが、ふたりの出会い。
 突然変わった環境、慣れない集団生活に戸惑いながら、懸命に馴染もうとする幼い紗理奈の健気な姿を、いつの間にか孝弘は目で追いかけていた。

 そんなある日、紗理奈が建物の裏手で、ひっそり泣いているのを見つけてしまい、孝弘は自分から声を掛けた。
普段は接点を持とうとしていなかったのだが、どうしようも放っておけなくなってしまったのは、泣いている姿があまりにも切なく見えたから。
たまたまポケットに入っていたイチゴ味の飴玉を「みんなにナイショだよ」とあげ時、泣いていたはずの紗理奈がぱぁーっと花のような笑顔を向けた。それは、固く閉ざされていた孝弘の心に明るく差し込む日差しのようだった。

 それ以降「タカ兄」と駆け寄って来る紗理奈を実の妹のように愛しみ、ひまわり園のみんなとも打ち解けられるようになり、孝弘はやっと穏やかな生活を手に入れる。しかし、暫くして孝弘は父親に引き取られる事になり、ひまわり園を出なければならない事態に。
 孝弘が紗理奈と一緒に居られたのは、僅か2年という期間だった。

 (とっくに紗理奈は自分の事など忘れているだろうと思っていた。まだ、俺の事を覚えて居てくれたのか……)

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