はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
「ああ、覚えてる。秋穂ちゃん先生の車に乗せてもらってたね。私も危なかった時あったなぁ」
 そんな思い出話をしていくうち、二人はすやすや眠りに付いた。
「二人とも寝顔、とってもかわいいわ。子どもみたい。高校生に見えないな」
 木村先生はこっそり覗き込んでみたのであった。
 それからしばらく後、九時二五分の一時限目終了を知らせるチャイムが鳴り響くと、
「……おはよう、ショコラちゃん」
「おはよ秋穂ちゃん。私よく眠れたよ」
 その音で、二人ともすぐに目を覚ました。ベッドから起き上がって、カーテンの外に出る。
「あの、ショコラちゃん。この間の遠足の時も、バス酔いしちゃって迷惑かけちゃってごめんね」
「いいの、いいの。私が手の指骨折した時、秋穂ちゃんに食事とトイレのお世話してもらったし、困った時はお互い様だよ」
 千代古齢糖は照れくさそうに言う。
「いえいえ。あの、ショコラちゃん、ちょっと前にテレビで見たんだけど、ショコラちゃんが日課にしてる四股踏みって、便秘にも効くみたいだね」
「うん、健康のために秋穂ちゃんも四股踏み毎日やった方がいいよ。私は一日二百五十回から三百回くらいやってるけど、秋穂ちゃんは初心者だから二、三十回でいいよ。いきなり数こなすと筋肉痛になっちゃうからね。今からここでいっしょにやろう」
「今から?」
「うん、木村先生もいっしょにやりましょう!」
「先生はスカートだから、パンツ見えちゃうから無理」
 千代古齢糖に強くせがまれ、木村先生は苦笑する。
「私と秋穂ちゃんは今ジャージだから、問題ないね。秋穂ちゃん、私が手本見せるね。まず足を大きく広げて、腰を割って、ウ冠みたいにして、あと、つま先はなるべく外向きになるようにね」
「こっ、こうかなぁ?」
 秋穂は照れくさそうに、千代古齢糖がやっているようにしてみる。
「そう、そう、わりといい形だよ」
 千代古齢糖は褒めてあげる。
「ありがとう。でも、この格好恥ずかしいよ。和式トイレで用を足す時の格好以上だよ」
「恥ずかしがらずに、慣れればなんてこと無いよ。タカアシガニの気分になって、片方の足に体重をかけながらこうやってもう片方の足を高く上げて、下ろす時はずんって地面を踏みしめるの。どすこーいっ!」 
「ショコラちゃん、すごく体柔らかいね。バレリーナみたい。足上がった時カタカナのトの字みたいになってる。ワタシはそこまで足高く上がらないよ。どっ、どすこーぃ」
 秋穂は小声で言いながら、そっと左足を上げた後、地面にとんっと下ろした。
「その調子だよ。今度は逆の足でやってみよう。どすこーいっ!」
 千代古齢糖はもう一度四股を踏み、手本を示す。
「どす、こーい」
 秋穂ももう一度四股を踏んだ。
「だんだんいい形になってきたね。さあもう一丁、どすこーいっ!」
 千代古齢糖、三回目の四股踏み。
「どす、こい」
 秋穂も三回目の四股を踏もうと足を上げ掛け声を出した。
 次の瞬間、 
 廊下側の出入口扉がガラリと開かれた。
「あのう、失礼します」
「失礼致します、木村先生」
 一組の男女が保健室に入って来たのだ。
「あっ、カジノスケくんに、リノちゃん。はっ、恥ずかしい」
 秋穂が四股を踏んでいる所を、この二人に正面方向からばっちり見られてしまった。秋穂はゆっくりと足を下ろし、四股踏みは止めて気を付けの姿勢になる。
「恥ずかしがってちゃダメだよ。健康法なんだから。どすこーっい!」
 千代古齢糖は四股踏みを続けながらにこにこ笑う。
「南中さん、急に開けて、ごめんね」
 梶之助は申し訳なさそうに謝った。
「秋穂さんも、けっこういいフォームしてたよ」
「そんなことないよぅ」
 利乃に微笑み顔で褒められ、秋穂は頬を赤らめてしまう。
「千代古齢糖さんは、元気なのにサボっちゃダメでしょ。おかげでわたし達のチーム、ボロ負けだったよ」
「ごめんね利乃ちゃん」
 千代古齢糖はようやく四股踏みを止め、ぺこんと頭を下げる。
「お着替え持って来てあげたよ。あと上履きも。運動靴は下駄箱にしまっておいたから。はいどうぞ。こっちが秋穂さんので、こっちの小さいのが千代古齢糖さんね」
 利乃は二人の側に近寄り、手に持っていた籠の中から二人の制服と上履きを取り出し手渡す。利乃も梶之助もすでに制服に着替え終えていた。
「サーンキュ」
「ありがとう、リノちゃん」
 二人が受け取ってすぐに、
「わっ! ちょっ、ちょっと千代古齢糖ちゃん」
 梶之助は慌てて体の向きをくるりと一八〇度変えた。
 千代古齢糖は梶之助が目の前にいるにも拘らず、躊躇無く体操服を脱ごうとしたのだ。千代古齢糖のおへそと、付けていた真っ白なジュニア用スポーツブラが、ほんの一瞬だけだが梶之助の目に映ってしまった。
「ダメダメ千代古齢糖さん、ここで着替えたら。いくら幼馴染同士だからって」
 利乃は驚き顔で注意すると、急いで千代古齢糖の背中を押しベッド横に移動させ、カーテンを閉めた。
「三星さん、幼馴染でも、一人の男性として見てあげなきゃダメよ」
「はーい。以後気をつけまーす」
 木村先生からにこにこ顔で注意されると、千代古齢糖はてへっと笑って舌をペロッと出した。
「ワタシも早く着替えなきゃ」
 秋穂もカーテンの内側へと隠れ、制服に着替え始める。
 千代古齢糖と秋穂はほぼ同じタイミングでカーテンの外へ出て来た。
「休み時間、あと三分くらいしかないじゃん。早く教室に戻らなきゃ」
 千代古齢糖は時計を見ながら呟く。
「次は英語だね。ワタシの歴史総合に次いで好きな授業だよ」
「秋穂さん、早退しなくても大丈夫?」
 やる気満々な秋穂に、利乃は少し心配そうに問いかける。
「うん、たぶん大丈夫」
「秋穂ちゃん、まだしんどかったら、無理せずに早退した方がいいよ」
「でも、授業休んじゃうと、今日習うところ、ノートが取れないし」
 千代古齢糖の助言に、秋穂は困惑顔を浮かべる。
「それなら私のノート、後で写させてあげるから心配しないで」
 千代古齢糖は優しく微笑みかけた。
「大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だって。私、今日は授業、ちゃんと真面目に聞いてノート取るから」
「本当?」
「うん、本当」
「三星さん、心配されてるのね」
 木村先生はにこっと微笑む。
「まあ、私、普段授業中いつの間にか寝てしまうことが多いですし」
 千代古齢糖は照れ笑いする。
「ショコラちゃんのノート、すごく言い辛いんだけど……文字の羅列になってて、色分けもほとんどされてないから、どこが要点なのか分かりにくいし、その字も、読みにくくて……あの、気に障ること言ってごめんね」
 秋穂は大変申し訳なさそうに言った。
「いやいや、全然気にしてないよ、紛れも無い事実だから。中学の時も提出した時いつもCか良くてB評価で返って来てたから、私も反省しなきゃって思ってるし」
 千代古齢糖はまた照れ笑いする。
「じゃあわたしのノートを、写させてあげるね」
「ありがとうリノちゃん」
「どういたしまして」
「そうした方が私もいいと思う」
 利乃の計らいに、千代古齢糖は苦笑いした。中学時代、利乃のノートはどの教科もいつも最良のS評価だったのだ。秋穂も同じである。
「ではワタシ、今日は早退しまーす」
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