はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
 秋穂は意志を固めた。
「私も早退しようかな。英語も三時限目の古典も四時限目の数Aもめっちゃだるいし」
「千代古齢糖さん、ズル休みはダメよ」
 利乃は呆れ顔で言う。
「冗談、冗談」
 千代古齢糖は大きく笑った。
 四人は保健室から出て、一年二組の教室へと戻る。 
 二時限目始まってすぐ、秋穂は担任の寺尾先生に早退の旨を伝え、荷物を持っておウチへ帰っていったのであった。

         ※

「ただいま、五郎次爺ちゃん」 
 同じ日の夕方四時半頃、梶之助が帰宅すると、
「おう梶之助、つい三〇分ほど前、慶一兄さんから宅配便が届いたぞ」
 五郎次爺ちゃんからこんなことを伝えられた。
 慶一とは、旧陸奥国、岩手県宮古市に住む兵助の長男、つまり五郎次爺ちゃんの一番上の兄に当たる人だ。元力士で、引退後は漁師を生業にしている。御年百なのだが、今でも現役バリバリである。そんな彼から秋刀魚、鯛、マグロ、ウニ、アワビ、蟹などなど三陸の海で水揚げされた新鮮な魚介類が、月に一回程度クール便で送られてくるのだ。これには慶一の、西宮の鬼柳家の一員に対するお礼の気持ちという意味合いがあった。
 慶一はその長い人生において昭和三陸地震と東日本大震災、二度の自然大災害を経験し大津波の襲来を目の当たりにして来た。東日本大震災では彼の住居と家族は皆無事だったものの、所有していた漁船・漁具は津波により全て流されてしまった。そのさい、五郎次爺ちゃんと権太左衛門と寿美さんは阪神・淡路大震災時にこの家と離れの相撲道場が被災した際、慶一が修築支援をしてくれたお返しとして自腹で新しい漁船・漁具を手配し、以前と同じように漁が出来るよう復興への手助けをしてあげたのだ。困った時はお互い様というわけである。
 慶一からは稀に、猪や鹿や熊の肉などの山の幸が送られてくることもある。慶一はこれらの獣を銃は一切用いず素手で仕留めているそうだ。
「めっちゃ美味そう。今回はカツオとカレイまである」
「昨日獲れたばかりなんじゃと。刺身にして食おう」
 箱を開け、目に飛び込んで来た海の幸の数々に二人は興奮気味。
「慶一爺ちゃんも本当元気だよなぁ、あの年でまだ漁師やれるなんて」
「二〇代の若い衆と相撲を取って、今でも余裕で勝てるみたいじゃぞ」
「すご過ぎるな。一五〇歳くらいまでは生きそうだ」
 そんなわけで鬼柳宅の今夜の夕食は、寿美さんが捌いた刺身料理が中心となった。千代古齢糖と彼女のご両親も誘って、賑やかな団欒を楽しんだのであった。

 夜九時半頃、三星宅千代古齢糖の自室。
 千代古齢糖がベッドに寝転がり、腹筋を鍛えていた最中、彼女所有のスマホ着信音が鳴り響いた。誰かから電話がかかって来たのだ。
「秋穂ちゃんからだ」
 番号を確認すると千代古齢糖はこう呟いてむくりと上体を起こし、通話アイコンをタップする。
「もしもーし」
『あっ、ショコラちゃん。今日はいろいろ迷惑かけてごめんね』
「いやぁ、どういたしまして。お体は、大丈夫?」
『うん、おウチ帰った後もいっぱい休んだからもう平気。すっかり元気になったよ』
「それはよかったよ」
『あの、ショコラちゃん、明日のベルギー料理教室は参加しないの?』
「うん。プラリネとワッフル作りでしょ。激辛料理じゃないし。それに、相撲大会間近だし、稽古しなきゃいけないから」
 千代古齢糖は申し訳なさそうに断る。
 淳甲台高校では国際交流も盛んに行われており、世界各国の料理や音楽、民芸などの文化に触れ合うイベントが頻繁に行われているのだ。
『そっか。あの、ショコラちゃん、今度のお相撲大会、頑張ってね。今年もリノちゃん連れて応援しに行くよ』
「ありがとう。去年は運良く準優勝出来たし、今年は初優勝を狙いたいよ。あの、秋穂ちゃん、私からも一つ頼みたいことがあるの」
『なあに?』
「明後日でもいいから、私の練習相手になってくれない?」
『ダッ、ダメダメーッ。無理、無理ぃ』
 千代古齢糖のお願いを、秋穂は苦笑いを浮かべながらすぐさま断る。
「あーん、やっぱりダメかぁ。最近はパパも逃げるようになっちゃったから。じゃあ私、そろそろ切るね」
『うん、それじゃ、ばいばい』
 電話の向こうの秋穂は、とても嬉しがっている様子だった。
「梶之助くん、技の練習したいから、明日から私と稽古付き合ってね」
 千代古齢糖は続いて梶之助にも連絡する。
『えー、またぁ』
「今年は本気で優勝狙ってるから、頼んだよ!」
 千代古齢糖はこう告げて、電話を切った。

       ※

「いってぇぇぇぇぇー。千代古齢糖ちゃん、もう少し優しく投げてよ」
「優しく投げたよ。梶之助くんが受身取るのが下手なだけ。さあ、早く立って。次は〝首捻り〟と〝徳利投げ〟と〝素首落とし〟の練習したいから」
「そっ、それは勘弁」
 そういうわけで梶之助は五月三日と四日の両日、鬼柳相撲道場にてお昼過ぎから夕方頃まで千代古齢糖の練習相手に無理やり付き合わされたのであった。

 四日の夜、三星宅の夕食団欒時。
「千代古齢糖、明日のお相撲大会、今年もお母さんは見に行っちゃダメ?」
「パパも千代古齢糖が相撲取るところ、ビデオに収めたいんだけどなぁ」
「絶対ダメだよ。負けるところ見られるのは恥ずかしいし、緊張して勝てる相撲も勝てなくなっちゃいそうだから」
 千代古齢糖は両親とこんな会話を弾ませる。洋菓子店を営む両親には、見に来て欲しくない様子であった。
                  
 第二話 女相撲大会開幕 目指せ初優勝! 千代古齢糖風

 五月五日。ご存知こどもの日である今日は、千代古齢糖の出場する女相撲大会、『第六九回近畿地方女相撲最強力士決定戦』が開催される。この大会は、出場者(力士)はもちろん行司、呼出、勝負審判、運営スタッフに至るまで全て女性。観客だけは男が多数を占めるという異様な光景が広がるちょっとユニークな相撲大会だ。近畿二府四県各地から意外と大勢の参加者が集ってくるらしい。
 今日は清清しい五月晴れ。そのため今大会は、とある神社境内に設けた屋外会場で開催されることになった。
 午前中に幼児の部と小学生の部が行われ、午後から出場資格中学生以上の一般の部が行われる。
 千代古齢糖は幼児の部が始まる前、早朝七時頃から会場入りし、仮設された支度部屋で四股踏みや鉄砲、股割り、他の出場者の胸を借りるなどして汗を流しながら一生懸命稽古に励んでいた。
「ショコラちゃん、今年はどんなアクロバットな技出してくれるのかな? すごく楽しみ♪」
「千代古齢糖さんの有志、この目にばっちり収めるよ」
「千代古齢糖ちゃん、年を得るごとにどんどん強くなってるよな」
 秋穂、利乃、梶之助の三人は小学生の部終了後の休憩時間中に会場入りし、正面(北側)真ん中より少し後ろくらいの観客席に着く。梶之助はこの二人に挟まれる形となった。ちなみに観戦料はどの席も無料である。
< 11 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop