はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
 幼児の部最初の取組から観戦していた五郎次爺ちゃんは扇子を両手に持ち、さらにはフランスの国旗が描かれた金色のシルクハットを被り、なんとも恥さらしなド派手な法被を身に纏って、正面最前列座布団敷きの砂被り席に座っていた。彼はこの最も取組がよく見える特等席を取るために早朝五時頃から会場前に並んでいたのだ。そのため梶之助は、今朝は彼から特製ドリンクを振舞われずに済んだわけである。
 この女相撲大会は、毎年開催日が五月五日と決まっている。三月三日の女の子の日は普通の日なのに、五月五日の男の子の日が祝祭日になっているなんて男女差別だ、と主張していた女性有志陣が集い、男の子の日に反逆して、女の子だけで男の世界とされている相撲の大会を開こうと提案したのがこの祭典の起源だという。会場周辺には力士幟ならぬ端午の節句の象徴、鯉幟が多数掲げられていた。しかも真鯉と小鯉だけ。
(毎年思うけど、緋鯉もちゃんと飾ってやれ)
 と、梶之助は心の中で思っていた。
 ちなみに五郎次爺ちゃんは第一回の大会から、新型コロナのため中止となった二〇二〇年大会を除き毎年皆勤で観戦しに行っている筋金入りの常連客だ。
 この大会の土俵は本場の大相撲と同じく直径十五尺。向正面東西土俵脇に塩箱と水桶も備えられている。屋外のため大相撲のような吊り屋根は設置出来ないので、ここでの屋根は四隅四本の木柱で支えられている。柱には向正面東側に赤、西側に白、正面東側に青、西側に黒の布が巻き付けられていた。大相撲の四房に代わる物だ。
 女力士の格好は男の相撲のようにマワシが解ければすっぽんぽん、というわけではもちろんなく、公序良俗に則りレオタードや水着、Tシャツ&スパッツorハーフパンツなどを身に纏い、その上に簡易マワシを着けている。
 千代古齢糖はこの大会でも当然のように鮮やかなチョコレート色マワシだ。
 今大会の一般の部出場女力士総数は六四名。八名毎A~Hの計八ブロックに分かれ、トーナメント戦によりそれぞれのブロックの頂点に立った者が準々決勝へと進み、その八名によるトーナメント戦《A対B、C対D、E対F、G対H》が行われる。とどのつまり六回連続で勝てば優勝出来るというわけだ。
 今年はたまたま偶数だったが、出場者数が奇数の場合は籤引きで一回戦勝ち抜けというラッキーなことも起こり、運にもけっこう左右されるようである。西方か東方かも、前大会優勝者が東方になれる特権がある以外は全て抽選で決められる。
 千代古齢糖はDブロック第一組、梶之助達は彼女の出場までしばし他の取組を観戦しながら待つ。
 あいつ、本当に女か? どう見ても男だろ。と疑いたくなるような男顔&角刈り、さらには並みの男以上に筋肉質な女力士もやはり見受けられた。
 一方、この子、相撲を取らせて大丈夫なのかなぁ? と心配になるような大人しそうで華奢で、けっこう可愛らしい子も少なからずいた。千代古齢糖もそんなタイプなのだ。
 観客席では、
「ママーッ、頑張れーっ!」
 と大声で応援する無邪気な幼い子どもの姿もあった。
「五郎次爺ちゃん、よくあんな危険な場所に毎年懲りもせずに座れるよなぁ」
 Bブロック第二組の取組終了後、梶之助は呆れ顔で呟く。
 先ほど土俵際で投げの打ち合いをしていたわりと大柄な両力士が、勢い余って五郎次爺ちゃん目掛けてダイブして来たのだ。勝負審判や控えの女力士の方々が咄嗟にガードしてくれ事なきを得た。このように砂被り席では、女力士の直撃を食らうリスクもある。
 それからさらに数十分が経ち、
【続きまして、Dブロックの取組を行います。出場する力士の皆様は、土俵横力士控え席までお集まり下さい】
 このアナウンス。いよいよ千代古齢糖の出番がやって来た。
「ひがあああああしいいいいい、しょこらあああかあああかぜえええええ。にいいいいいしいいいいい、ぼうふうううりゅううううううう」
 呼出から独特の節回しで四股名を呼び上げられると、千代古齢糖と相手力士、暴風竜は二字口と呼ばれる所から堂々と土俵に上がった。徳俵の横で両者向かい合って一礼し、向正面東西土俵脇に分かれる。清めの塩を撒く前に千代古齢糖はCブロック第四組の勝者から、暴風竜は次のDブロック第二組の西方控えの女力士から力水を付けてもらった。
【東方、千代古齢糖風、兵庫県西宮市出身、十五歳。前回は大会始まって以来の一般の部最年少優勝なるかと思われたのですが惜しくも準優勝、しかし中学生ながらたいへん健闘していました。高校生になっての初出場。今大会優勝候補の一人です。西方、暴風竜、和歌山県東牟婁郡串本町出身、四四歳。幼稚園の先生でいらっしゃいます。今回で二六回目の出場。過去に優勝の経験もございますが、最近三年は一回戦負け続き。やはり年には勝てないか。四年振りの二回戦進出を目指して頑張って欲しいです】
 続いて場内アナウンスにて四股名、出身地、年齢、最後に簡単なコメントが添えられる。
 仕切りのさい、『しょこらかぜえええっ!』と、会場のあちこちから大きな声援が巻き起こる。千代古齢糖はこの大会で一、二を争うほどの大人気力士なのだ。
「千代古齢糖ちゅわぁぁぁーん 好きじゃ好きじゃ、大好きじゃあああああああ、ジュ・テェェェェェェェームッ! 今年も全身全霊スピリットパワーで応援するからねーっ」
 五郎次爺ちゃんは扇子を激しく振り回しながら大声で叫ぶ。
「恥ずかしいから止めろ。ていうか近くの他の男性観客らも釣られて叫び回ってるし。千代古齢糖ちゃん、緊張しちゃうじゃないか」
 梶之助は呆れ返りながら、騒がず静かに見物。
「カジノスケくんのお祖父ちゃん、相変わらずとってもお元気だねー。ショコラちゃーん、頑張って」
「千代古齢糖さん、優勝目指してね」
 秋穂と利乃もあまり大きな声は出さずに応援する。
 目指せ! 初優勝 千代古齢糖風 と墨で書かれた縦四〇センチ横幅一メートル二〇センチほどの横断幕を三人で持ちながら。これは秋穂と利乃の手作りだそうだ。
「「「「「「「「ぼうふうりゅううううう! 頑張れぇぇぇぇぇ」」」」」」」」
 相手力士、暴風竜が勤務していると思われる、幼稚園の園児達からもしきりに応援の声がかかる。
 塩撒きと仕切りを何度か繰り返し、いよいよ制限時間いっぱいとなった。
 両者、土俵中央に二本、白く引かれた仕切り線の前へ。そして向かい合う。
「時間です。待ったなし、手を下ろして」
 行司から告げられると両者ゆっくりと腰を下ろし蹲踞姿勢を取ったのち、仕切り線に両こぶしをつける。
「はっけよぉーい、のこった!」
 軍配が返され、いよいよ立合い。
 暴風竜は千代古齢糖より二〇センチ近くは背が高かったが全く物ともせず。暴風竜が張り手を繰り出してきた腕をサッと掴んで両手に抱え、引っ張り込み捻り倒した。
 一回戦、これにて勝負あり。相手力士は全く何も出来ず千代古齢糖の圧勝であった。
 両者、徳俵の横に立つと再び向かい合って一礼。土まみれになって敗れた暴風竜、苦笑いを浮かべながら土俵から下りていく。敗者復活戦は無いため、負けたらその時点で取組での出番は終了である。応援に駆け付けた園児達からも残念そうな声が漏れていた。
「しょこらあああかぜえええ」
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