はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
最後の塩。千代古齢糖は山のようにがっちり掴み、高々と舞い上げた。摩耶山賊もそれに負けるものかと豪快に撒き散らす。その勢いは千代古齢糖の方が勝っていた。
これが勝負にどう響いてくるか?
「待ったなし、手を下ろして。はっけよぉい、のこった!」
行司が軍配返した次の瞬間、
「まだまだまだ!」
注意の言葉を告げる。
立ち合い不成立、千代古齢糖の両こぶしがちゃんと仕切り線についていなかったのだ。
「相当緊張してるな、これは」
「リラックスして頑張れ、ショコラちゃん」
「千代古齢糖さん、落ち着いて」
梶之助、秋穂、利乃の三人は静かに見守る。
「千代古齢糖ちゅわぁん、こんな照國みたいなやつ張り倒してしまえーっ!」
五郎次爺ちゃんは大声で叫んだ。
「相手力士に失礼だろ」
梶之助はすかさず突っ込みを入れる。
「待ったなし、手をちゃんと下ろして。はっけよい、のこった!」
二度目の立ち合い、今度は上手く立った。
すぐに両者激しい張り手の打ち合いが始まった。
パチンパチンパチンパチンと叩き合う音が絶え間なく聞こえてくる。
土俵中央で凄まじい突っ張りの攻防が繰り広げられているのだ。
「うおおおおおっ、まるで平成十年名古屋場所の武双山‐千代大海戦を見ているようじゃ!」
五郎次爺ちゃん、大興奮。瞬きもせずに取組に見入る。
「ショコラちゃんの張り手、すごい威力だね。もはや相撲というより殴り合いのケンカだよ」
「運動エネルギーも凄そう。千代古齢糖さんを怒らせない方がいいわね」
「俺、あんなのまともに食らったら十メートルくらい吹っ飛ばされそうだ」
秋穂達三人も食い入るように眺める。
やがて、がっぷり四つに組み合う体勢に変わった。乾坤一擲互いに力比べ。
だが千代古齢糖、組み合ってまもなく摩耶山賊に一気に押し込まれる。そしてついに俵の上に足がかかってしまった。もうあとがない。千代古齢糖、懸命に堪える。非常に苦しい表情。
しかし次の瞬間、
「うりゃあっ!」
千代古齢糖はこう叫び声上げ、渾身の力を振り絞り、自分の三倍以上は体重がありそうな摩耶山賊を吊り上げた。そしてそのまま土俵外まで運ぼうと試みる。けれども途中で力尽き、下ろしてしまった。しかし休まず千代古齢糖は上手投げを打った。だが摩耶山賊に堪えられ決まらず、再びもとの体勢へ。
「ヤアッ!」
今度は摩耶山賊が投げを打とうとしてくる。
千代古齢糖、必死に堪え、何とか残すと休まず寄りに出た。摩耶山賊を土俵際まで追い詰める。
たが摩耶山賊、そこから負けるものかと千代古齢糖を寄り返す。
再び両者、土俵中央へ。動きが止まる。意地と意地のぶつかり合い。大相撲だ。
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
場内も激しい歓声が絶え間なく響く。
(こうなったら……)
千代古齢糖、咄嗟の思いつきで摩耶山賊に〝蹴返し〟を食らわした。しかし決まらず。
次の瞬間、摩耶山賊がもう一度打った投げで千代古齢糖の足がふらついてしまった。千代古齢糖は何とか残したが、摩耶山賊に対し背を向けた状態になってしまった。
「千代古齢糖ちゃぁぁぁん、後ろもたれじゃ、後ろもたれを狙うのじゃ!」
五郎次爺ちゃんは思わず立ち上がり、さらに大声で声援を飛ばす。
だが、彼の声援空しく摩耶山賊はすかさずそのチャンスを逃すまいと後ろからがっちり千代古齢糖の両マワシを捕まえた。千代古齢糖、こうなったらもうどうすることも出来ず、ふわり軽々と持ち上げられてしまった。
これはもう勝負あったな。千代古齢糖の負けだ。
梶之助はこの時こう悟った。
「エイヤッ!」
案の定、摩耶山賊はそのまま杵を振り下ろすかのように豪快に叩き落とした。千代古齢糖その場にぺたんと座りこむ。
千代古齢糖は前回と同様、力量の差を見せ付けられ敗れてしまったのだ。とても悔しそうな表情を浮かべる。それでも立ち上がると一礼を忘れずにして、土俵から下りた。
「まやさんぞくううううう」
今大会最後の勝ち名乗りを行司から受け、満面の笑みで花道を引き下がる摩耶山賊。
両者に、会場中から割れんばかりの大きな拍手喝采が送られた。
【ただいまの決まり手は、送り吊り落とし、送り吊り落としで摩耶山賊の勝ち。摩耶山賊八連覇達成! またも凄い記録を打ち立てました。千代古齢糖風、前回の雪辱果たせず。一般の部歴代最年少優勝記録もこれでお預け。残念でしたね】
場内アナウンサーは千代古齢糖を慰めるような声で告げた。
本場の大相撲と同じように、土俵上ではこれから弓取り式が行われる。務める力士は一回戦負けした一般の部参加者の中から希望者抽選により決められるのだ。
「今年も準優勝かぁ」
千代古齢糖はため息混じりに呟きながら、梶之助達三人のいる席へやって来る。千代古齢糖の目に、悔し涙が浮かんでいた。
「千代古齢糖ちゃん、残念だったね。でも、よく頑張ってたよ。というか、鼻血出てるよ」
「千代古齢糖さん、鼻血、鼻血」
梶之助と利乃は千代古齢糖のお顔を見ると、慌てて指摘する。
「ショコラちゃん、大丈夫?」
秋穂は持っていたポーチからポケットティッシュを取り出し、千代古齢糖の鼻に詰めてあげた。
「ありがとう秋穂ちゃん。張り手し合った時に切っちゃったみたい」
千代古齢糖はほんわかとした表情になった。
「どういたしまして」
秋穂はちょっぴり照れくさがる。
「千代古齢糖さん、前回の取組よりもすごく迫力があって素晴らしかったよ。熱戦だったわ」
利乃は大いに褒めてあげた。
「まあ前回よりは、善戦出来たかな」
千代古齢糖が苦笑顔で呟いたその時、
「千代古齢糖風、前回よりとても強くなったね。あっしもあぶなかたよ」
千代古齢糖の側へ、摩耶山賊が近寄って来た。なかなか流暢な日本語だった。
「いえいえ、私なんてまだまだひよっこです。でも摩耶山賊、来年こそは私、あなたに絶対勝ちますよ!」
千代古齢糖は真剣な眼差しで摩耶山賊の青い瞳を見つめる。
「あっしも千代古齢糖風に追いつかれないように、稽古に一生懸命励むよ」
摩耶山賊は凛々しい表情を浮かべた。
お互い友情の握手をがっちりと交わす。
沈みゆく夕日が二人を美しく照らしていた。
「千代古齢糖ちゃん、僕、トレビア~ンな取組を見せてもらったよ。僕はもういつ死んでもいいわい。千代古齢糖ちゃんは女相撲界の新しい風じゃ。摩耶山賊もなかなかいい肉付きをしておるのう。こりゃあ千代古齢糖ちゃんも歯が立たないはずじゃ」
「キャンッ!」
五郎次爺ちゃんに尻を鷲掴みにされ、摩耶山賊は思わず悲鳴を上げた。けっこうかわいらしかった。
「五郎次お爺様、失礼ですよ」
千代古齢糖はにこっと微笑みかけ、五郎次爺ちゃんを背後からふわりとつかみ上げた。
「ほえ」
「やぁっ!」
そして肩に担ぎ上げ、自身はブリッジをするような形になって五郎次爺ちゃんを地面に叩きつける。
「おう、千代古齢糖風、超アクロバットな決まり手。来年が楽しみだわ♪」
摩耶山賊はパチパチと拍手を送った。
「出た! 撞木反り、清清しい決まり手じゃ。大相撲では幻になっておるからのう。こんなレアな技かけてもらえて僕、今トレウールーじゃぞぃ」
これが勝負にどう響いてくるか?
「待ったなし、手を下ろして。はっけよぉい、のこった!」
行司が軍配返した次の瞬間、
「まだまだまだ!」
注意の言葉を告げる。
立ち合い不成立、千代古齢糖の両こぶしがちゃんと仕切り線についていなかったのだ。
「相当緊張してるな、これは」
「リラックスして頑張れ、ショコラちゃん」
「千代古齢糖さん、落ち着いて」
梶之助、秋穂、利乃の三人は静かに見守る。
「千代古齢糖ちゅわぁん、こんな照國みたいなやつ張り倒してしまえーっ!」
五郎次爺ちゃんは大声で叫んだ。
「相手力士に失礼だろ」
梶之助はすかさず突っ込みを入れる。
「待ったなし、手をちゃんと下ろして。はっけよい、のこった!」
二度目の立ち合い、今度は上手く立った。
すぐに両者激しい張り手の打ち合いが始まった。
パチンパチンパチンパチンと叩き合う音が絶え間なく聞こえてくる。
土俵中央で凄まじい突っ張りの攻防が繰り広げられているのだ。
「うおおおおおっ、まるで平成十年名古屋場所の武双山‐千代大海戦を見ているようじゃ!」
五郎次爺ちゃん、大興奮。瞬きもせずに取組に見入る。
「ショコラちゃんの張り手、すごい威力だね。もはや相撲というより殴り合いのケンカだよ」
「運動エネルギーも凄そう。千代古齢糖さんを怒らせない方がいいわね」
「俺、あんなのまともに食らったら十メートルくらい吹っ飛ばされそうだ」
秋穂達三人も食い入るように眺める。
やがて、がっぷり四つに組み合う体勢に変わった。乾坤一擲互いに力比べ。
だが千代古齢糖、組み合ってまもなく摩耶山賊に一気に押し込まれる。そしてついに俵の上に足がかかってしまった。もうあとがない。千代古齢糖、懸命に堪える。非常に苦しい表情。
しかし次の瞬間、
「うりゃあっ!」
千代古齢糖はこう叫び声上げ、渾身の力を振り絞り、自分の三倍以上は体重がありそうな摩耶山賊を吊り上げた。そしてそのまま土俵外まで運ぼうと試みる。けれども途中で力尽き、下ろしてしまった。しかし休まず千代古齢糖は上手投げを打った。だが摩耶山賊に堪えられ決まらず、再びもとの体勢へ。
「ヤアッ!」
今度は摩耶山賊が投げを打とうとしてくる。
千代古齢糖、必死に堪え、何とか残すと休まず寄りに出た。摩耶山賊を土俵際まで追い詰める。
たが摩耶山賊、そこから負けるものかと千代古齢糖を寄り返す。
再び両者、土俵中央へ。動きが止まる。意地と意地のぶつかり合い。大相撲だ。
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」
場内も激しい歓声が絶え間なく響く。
(こうなったら……)
千代古齢糖、咄嗟の思いつきで摩耶山賊に〝蹴返し〟を食らわした。しかし決まらず。
次の瞬間、摩耶山賊がもう一度打った投げで千代古齢糖の足がふらついてしまった。千代古齢糖は何とか残したが、摩耶山賊に対し背を向けた状態になってしまった。
「千代古齢糖ちゃぁぁぁん、後ろもたれじゃ、後ろもたれを狙うのじゃ!」
五郎次爺ちゃんは思わず立ち上がり、さらに大声で声援を飛ばす。
だが、彼の声援空しく摩耶山賊はすかさずそのチャンスを逃すまいと後ろからがっちり千代古齢糖の両マワシを捕まえた。千代古齢糖、こうなったらもうどうすることも出来ず、ふわり軽々と持ち上げられてしまった。
これはもう勝負あったな。千代古齢糖の負けだ。
梶之助はこの時こう悟った。
「エイヤッ!」
案の定、摩耶山賊はそのまま杵を振り下ろすかのように豪快に叩き落とした。千代古齢糖その場にぺたんと座りこむ。
千代古齢糖は前回と同様、力量の差を見せ付けられ敗れてしまったのだ。とても悔しそうな表情を浮かべる。それでも立ち上がると一礼を忘れずにして、土俵から下りた。
「まやさんぞくううううう」
今大会最後の勝ち名乗りを行司から受け、満面の笑みで花道を引き下がる摩耶山賊。
両者に、会場中から割れんばかりの大きな拍手喝采が送られた。
【ただいまの決まり手は、送り吊り落とし、送り吊り落としで摩耶山賊の勝ち。摩耶山賊八連覇達成! またも凄い記録を打ち立てました。千代古齢糖風、前回の雪辱果たせず。一般の部歴代最年少優勝記録もこれでお預け。残念でしたね】
場内アナウンサーは千代古齢糖を慰めるような声で告げた。
本場の大相撲と同じように、土俵上ではこれから弓取り式が行われる。務める力士は一回戦負けした一般の部参加者の中から希望者抽選により決められるのだ。
「今年も準優勝かぁ」
千代古齢糖はため息混じりに呟きながら、梶之助達三人のいる席へやって来る。千代古齢糖の目に、悔し涙が浮かんでいた。
「千代古齢糖ちゃん、残念だったね。でも、よく頑張ってたよ。というか、鼻血出てるよ」
「千代古齢糖さん、鼻血、鼻血」
梶之助と利乃は千代古齢糖のお顔を見ると、慌てて指摘する。
「ショコラちゃん、大丈夫?」
秋穂は持っていたポーチからポケットティッシュを取り出し、千代古齢糖の鼻に詰めてあげた。
「ありがとう秋穂ちゃん。張り手し合った時に切っちゃったみたい」
千代古齢糖はほんわかとした表情になった。
「どういたしまして」
秋穂はちょっぴり照れくさがる。
「千代古齢糖さん、前回の取組よりもすごく迫力があって素晴らしかったよ。熱戦だったわ」
利乃は大いに褒めてあげた。
「まあ前回よりは、善戦出来たかな」
千代古齢糖が苦笑顔で呟いたその時、
「千代古齢糖風、前回よりとても強くなったね。あっしもあぶなかたよ」
千代古齢糖の側へ、摩耶山賊が近寄って来た。なかなか流暢な日本語だった。
「いえいえ、私なんてまだまだひよっこです。でも摩耶山賊、来年こそは私、あなたに絶対勝ちますよ!」
千代古齢糖は真剣な眼差しで摩耶山賊の青い瞳を見つめる。
「あっしも千代古齢糖風に追いつかれないように、稽古に一生懸命励むよ」
摩耶山賊は凛々しい表情を浮かべた。
お互い友情の握手をがっちりと交わす。
沈みゆく夕日が二人を美しく照らしていた。
「千代古齢糖ちゃん、僕、トレビア~ンな取組を見せてもらったよ。僕はもういつ死んでもいいわい。千代古齢糖ちゃんは女相撲界の新しい風じゃ。摩耶山賊もなかなかいい肉付きをしておるのう。こりゃあ千代古齢糖ちゃんも歯が立たないはずじゃ」
「キャンッ!」
五郎次爺ちゃんに尻を鷲掴みにされ、摩耶山賊は思わず悲鳴を上げた。けっこうかわいらしかった。
「五郎次お爺様、失礼ですよ」
千代古齢糖はにこっと微笑みかけ、五郎次爺ちゃんを背後からふわりとつかみ上げた。
「ほえ」
「やぁっ!」
そして肩に担ぎ上げ、自身はブリッジをするような形になって五郎次爺ちゃんを地面に叩きつける。
「おう、千代古齢糖風、超アクロバットな決まり手。来年が楽しみだわ♪」
摩耶山賊はパチパチと拍手を送った。
「出た! 撞木反り、清清しい決まり手じゃ。大相撲では幻になっておるからのう。こんなレアな技かけてもらえて僕、今トレウールーじゃぞぃ」