はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
 五郎次爺ちゃんは地面にうつぶせ状態のまま大喜びしていたのであった。
 同じ頃、土俵上に演台が運び込まれていた。
 これから表彰式が始まるのだ。
「Hasta la vista!」
 摩耶山賊は爽やかな表情でお別れの挨拶を母国の言葉で告げて、土俵の方へと戻っていく。
【表彰式に先立ちまして、『鯉のぼりの歌』斉唱。皆様ご起立願います】
 この大会では昔から国歌『君が代』ではなくこの歌が斉唱されている。こどもの日らしい選曲である。
 東桝席にいた、どこかの高校の吹奏楽部による和楽器の伴奏が流れ、
『甍の波と雲の波~♪』
 会場にいる多くの客、一斉に歌い出す。五郎次爺ちゃんや千代古齢糖は大きな声で楽しそうに歌っていたが梶之助、秋穂、利乃は小声で時々口ずさむ程度だった。
 これは『やねよりたかい~』の歌い出しで始まるよく知られている方のやつではなく、大正二年に弘田龍太郎によって作曲された尋常小学唱歌の一つだ。
【ご唱和ありがとうございました。皆様ご着席下さい。これより一般の部、賜杯拝戴】
 このアナウンスの後、表彰状などを手渡す係の子達が土俵に上がってくる。摩耶山賊もあとに続いて土俵に上がり演台の横に立ち、係の子達と向かい合った。
「優勝、摩耶山賊殿、一二回目。右は第六七回近畿地方女相撲最強力士決定戦において、成績優秀により賜盃にその名を刻し、永く名誉を表彰します。前人未到の八連覇。おめでとうございます!」
 摩耶山賊は頭に五月人形の兜を授けられ、表彰状、トロフィー、柏餅、ちまき、金一封などなど多数の豪華景品、そして祝福のキスを受け取った。
「グラシアス。あっし、今、とても嬉しい。八連覇出来るとは、夢にも思いませんでした」
 摩耶山賊は優勝インタビューされた際には、ちょっぴり嬉し涙も見せていた。
 準優勝の千代古齢糖にも、表彰状と金一封が授与された。
 これにて今年の近畿地方女相撲最強力士決定戦は華やかに幕を閉じる。
「ショコラちゃん、記念写真撮ってあげるよ」
 秋穂は鞄からデジカメを取り出し、千代古齢糖の方に向けた。
「サンキュ、秋穂ちゃん。いえーい♪」
 千代古齢糖は片方の手に表彰状を抱え、もう片方の手でピースサインを取り、満面の笑みを浮かべる。
「ショコラちゃん、いい笑顔だね」
 秋穂も嬉しそうにシャッターを押したのであった。
「千代古齢糖ちゃぁん、来年こそは、優勝目指して頑張れよ!」
 五郎次爺ちゃんはそう励まして、千代古齢糖に背後から抱きついた。そして尻をなでなでする。
「もう、五郎次お爺様ったら。でもそこがお茶目で素敵♪」
 千代古齢糖は爽やかな表情を浮かべて五郎次爺ちゃんの腕をつかみ、得意の一本背負いで華麗に投げ飛ばす。
「フォッフォッフォッ。今日は人生最高のこどもの日じゃったわい」
 五郎次爺ちゃんはとても満足そうに地面にうつ伏していた。
「梶之助くん、練習相手になってくれてありがとう。今年も準優勝出来たのは、梶之助くんのおかげだよ」
「いやいや、俺は、べつに」
 千代古齢糖にくりくりとした目で見つめられ礼を言われ、梶之助は少し照れくさがる。
「あの、梶之助くん、私から、もう一つだけ、お願いしたいことがあるんだけど……」
「何? まあ、予想は出来るけど」
「私、連休中はずっと稽古に励んでて、宿題まだ全然やってないんだ。明日一日だけで仕上げるのは無理だから、写させて」
「やっぱり。前回もそうだったよね。しょうがないなぁ」
 千代古齢糖から申し訳なさそうにされたお願いを、梶之助は嫌々ながらも相撲大会で頑張ったご褒美にと、引き受けてあげたのであった。
 これにて五人は女相撲大会会場を後にする。途中で利乃と秋穂と別れ、梶之助、千代古齢糖、五郎次爺ちゃんの三人で帰り道を進んでいた所、
「千代古齢糖さん、相撲大会どうだった?」
 買い物帰りの寿美さんとばったり出会った。
「今年も、残念ながら準優勝に終わっちゃいました」
「あらぁ、そっか」
「結果こそ前回と同じじゃったが、相撲内容は遥かに良くなっておったぞ」
 五郎次爺ちゃんはにこにこ機嫌良さそうに伝える。
「お褒め下さりありがとうございます、五郎次お爺様」
 千代古齢糖はちょっぴり照れた。
「俺は千代古齢糖ちゃんの今日の取組見て、これはもう一生千代古齢糖ちゃんに相撲で勝てないなと確信したよ」
「もう、梶之助くんったら、情けない」
「いって」
 開き直ったように言った梶之助の背中を、千代古齢糖はパシッと叩いておく。
「大相撲も良いが、女同士の相撲というものは百合百合な雰囲気が感じられてさらに良いものじゃわい。寿美さんも、また出てみんかのう。寿美さんより年増なお方も何名か出ておったぞ」
「わたくしは、もう二度と出ませんのでー。千代古齢糖さん、来年は優勝目指して頑張って! 今夜はキムチ鍋にするから、千代古齢糖さんもぜひ食べにいらしてね」
「はいっ! そうさせていただきます。私、今日はすごくいい汗かいたよ。お風呂もいただきますね」
 千代古齢糖は満面の笑みを浮かべながら言う。この日の夜は梶之助達といっしょに夕食を取った後、鬼柳宅の菖蒲湯でゆったりくつろぎ、今日の疲れを取ったのであった。
 ちなみに寿美さんが以前、女相撲大会に出場したのは二七年前のまだ新婚の頃だ。見事一回戦で〝腰砕け〟で敗れたというより自滅してしまい、以降出場することはなかったという。

 第三話 梶之助達、東京へ行く

「ボンソワール梶之助ぇ、今度の日曜から何が始まるか知っておるかのう?」
 GW明け、翌々日火曜日の夕方、梶之助は帰宅し茶の間に足を踏み入れるや否や、いきなり五郎次爺ちゃんからこんな質問をされた。
「大相撲夏場所だろ」
 梶之助は呆れ顔でため息混じりに答える。毎場所始まる直前になると、決まってこんな質問をしてくるのだ。
「その通りじゃ。さすが僕の孫息子。わきまえておるな。梶之助、これやるっ! 受け取れ」
 五郎次爺ちゃんから突如、福沢諭吉の札束をぽんっと手渡された。
「えっ!」
 梶之助はあっと驚く。
 三〇万円はあったのだ。
「今度の日曜から両国国技館で始まる夏場所、梶之助もお友達連れて一度生で観戦して来い」
 五郎次爺ちゃんがポンッと肩を叩いてくる。
「その前に、この大金は、どこから?」
 梶之助は呆れ顔で訊いた。
「権太左衛門の預金通帳から勝手に下ろして来たのじゃ」
 五郎次爺ちゃんはきっぱりと言い張る。
「やっぱり。ダメだろ、それは」 
「まあ良いではないか。僕の自慢の一人息子なんだし。それにしても、権太左衛門のやつももう五六にもなるくせにまだ月収八〇万くらいしかないのは残念じゃのう。平成生まれの十両力士ですらそれ以上稼いどるのに」
「五郎次爺ちゃん、その時って、中間テスト直前になるんだけど」
「まあまあ梶之助、若い頃に両国国技館で大相撲見るのはテスト勉強なんかよりもずっといい勉強になるぞ。泊りがけで行って前相撲……は三日目からじゃから序ノ口の最初の取組から観戦して来い。未来の横綱に出会えるかも知れんぞ。高級ホテルももうツインルーム二部屋は予約してある。もちろん、おまえと千代古齢糖ちゃんは同部屋じゃ!」
「ちょっ、ちょっと待て」
< 15 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop