はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
「おっはよう、梶之助くん、学校行こう!」
その約一秒後、ガラガラッと横開き玄関扉の引かれる音と共に威勢のいい声が聞こえて来た。
「おはよう千代古齢糖ちゃん、すぐ行くから」
梶之助は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。
訪れて来たのは、三星千代古齢糖(みつぼし しょこら)という女の子。鬼柳宅から徒歩一分足らずのすぐ近所に住む、梶之助の同い年の幼馴染だ。
学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに迎えに来てくれる。フランス人形みたいにくりくりとしたつぶらな瞳で丸っこいお顔、まっすぐ伸びた一文字眉で、おでこはちょっぴり広め。身長は一四五センチと梶之助よりもさらに十センチほど低くほっそりとした華奢な体つきで、舐めると甘い味がしそうなサラサラしたほんのりチョコレート色の髪を、いつもいちご柄のダブルリボン付きチョコレート色のシニヨンネットでお団子ヘアに束ねている、とってもあどけなく可愛らしい子なのだ。
だが、その守ってあげたくなるような外見とは裏腹に、梶之助とは真逆でスポーツ万能。中でも特に信じられないのが、その体格で〝相撲〟を愛好していることなのだ。しかもかなり強い。バク宙、バク転もこなせるアクロバットな身体能力で小柄さがむしろ武器になっている。梶之助は昔から練習相手として度々標的にされ、何度も何度も何度もぶん投げられた苦い経験がある。千代古齢糖が髪型をお団子ヘアにしているのは、力士が結う髷を意識しているからなのだそうだ。
ちなみに千代古齢糖の両親は、本当は?古聿という漢字を使いたかったそうだけど、?と聿が人名漢字として使えないのでこの表記にしたそうだ。チョコレートのフランス語表記と同じ名前で、きらきらネームっぽいけど、千代古齢糖は純真無垢でとっても良い子だとみんなから愛されている。
「では、五郎次お爺様、行って来まーすっ!」
「じゃ、行ってくる」
七時五五分頃、梶之助の両親はこの時間には既に出勤しているので、齢九〇の五郎次爺ちゃん一人残し千代古齢糖と梶之助は家を出発。この二人は高校へ入ってからも徒歩通学だ。ここから二人が通う県立淳甲台(じゅんこうだい)高校まで二キロ近くあり、自転車通学も許可されているのだが、千代古齢糖が足腰を鍛えたいからという理由で梶之助も無理やり付き合わされているのだ。
じつは入学式当日、梶之助は徒歩は嫌だと断ったのだが、千代古齢糖と腕相撲勝負をしてあっさり負けてしまったため、以降、千代古齢糖の希望に従わざるを得なくなってしまったというなんとも情けない経緯があった。
二人は門を抜けて、通学路を一列で歩き進む。この時、千代古齢糖が前を行くことが多いのだ。
「梶之助くん、今日までに提出の数Ⅰの演習プリントは、全部出来てる?」
「まあ、一応」
「じゃぁあとで写させて。私、分からない問題多くて空欄いっぱいあるんだ」
「いいけど、自分の力でやった方がいいよ」
「それは重々承知なんだけど、私、数学めっちゃ苦手だし、私一人の力じゃ無理だよ。英語も高校に入ってから急に難しくなったと思わない? 幕下の下の方の力士がいきなり幕内で取らされるような感じだよ」
「また相撲に例えてる。確かに覚えなきゃいけない英単語や英熟語、中学の時と比べ物にならないくらい増えたよな。文法もややこしいし。それにしても、今日は朝からけっこう暑いな」
「そうだね、半袖でもいけそうだよね。学校着く頃には汗びっしょりになりそう。夏服にすれば良かったよ」
他にもいろいろ取り留めのない会話を進めていくうち、学校のすぐ側まで近づいて来た。この二人以外の淳高生達も周りにだんだん増えてくる。この高校では今日から五月いっぱいまで制服移行期間。まだ梶之助と千代古齢糖のように冬用の紺色ブレザーを身に纏っていた生徒の方が多く見受けられた。
二人は校舎に入ると、最上階四階にある一年二組の教室へ。幼小中高同じ学校に通い続けている二人は小六の時以来、久し振りに同じクラスになることが出来た。芸術選択で同じ書道を取ったため、なれる確率も高かったのだ。
「ショコラちゃん、おはよー」
「おはよう千代古齢糖さん」
千代古齢糖が自分の席へ向かおうとすると、幼稚園時代からの大の親友、南中秋穂(みなみなか あきほ)と安福利乃(やすふく りの)が穏やかな声で挨拶してくる。梶之助にとっても古い顔馴染みの子達だ。
「おっはよう! 秋穂ちゃん、利乃ちゃん。二人ともまだ冬服だね」
千代古齢糖は爽やかな表情と明るい声で返してあげ、席に着いた。座席はまだ入学した当初のまま出席番号順に並べられている。
秋穂は面長ぱっちり垂れ目、細長八の字眉がチャームポイント。ほんのり茶色なふんわりとした髪を少し巻いて、アジサイなどの花柄シュシュで二つ結びにしているのがいつもヘアスタイルだ。すらっとした体型で背丈は一六〇センチちょっとあり、おっとりのんびりとした雰囲気を漂わせている。
利乃は、背丈は一五〇センチをほんの少し越えるくらい。まん丸な黒縁メガネをかけて、濡れ羽色の髪を肩より少し下くらいまでの三つ編み一つ結びにしている。とても真面目そうで賢そう、加えてお淑やかで大人しそうな優等生らしい雰囲気の子だ。
二人とも文化系っぽい子だが、千代古齢糖も見た目は文化系女子なので釣り合いの取れた仲良し三人組といえよう。
梶之助が自分の席に着いてから五分ほどのち、
「やぁ、梶之助殿ぉー」
いつものように彼の親友の大迎光洋(おおむかい こうよう)が登校して来てのっしのっしと近寄ってくる。光洋は完全夏用の、ポロシャツと薄手の灰色ズボンという組み合わせだった。
「おはよう光洋。やっぱいきなり夏服か。暑がりだもんなぁ」
梶之助は光洋と小一の頃から九年来の親友だ。同じクラスになり、出席番号が梶之助のすぐ前になったことがきっかけで自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけである。その後も小二、小四、中一、そして今学年で同じクラスになり出席番号も前後した。ただ、梶之助は光洋が前では黒板の字が見えにくいので、座席順は過去四回なった時と同じく担任に頼み前後逆にしてもらった。
なぜなら光洋は身長一八六センチ、体重はなんと一三〇キロ以上の大相撲力士としても申し分ないたいそう恵まれた体格をしているからである。小学校を卒業する頃にはすでに一七〇センチ、百キロ以上に達していた。
あまりに太り過ぎているためか、光洋は梶之助と同じくスポーツ全般超苦手なのだ。先月、体育の授業で行われた新体力テストでも、結果は梶之助と同じく全ての種目で同学年男子の平均以下だった。握力やハンドボール投げでさえも。五〇メートル走に至っては一一秒台後半と、同級生の足の速い子の百メートル走よりも時間がかかってしまうという有様だった。けれども彼は、たまに鬼柳宅を訪れ、メロンやスイカなど買うとけっこう高い果物を無料で譲ってくれる気前の良いやつでもある。そんなことが出来るのは、彼の家が果物屋さんを営んでいるからではあるが。
その約一秒後、ガラガラッと横開き玄関扉の引かれる音と共に威勢のいい声が聞こえて来た。
「おはよう千代古齢糖ちゃん、すぐ行くから」
梶之助は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。
訪れて来たのは、三星千代古齢糖(みつぼし しょこら)という女の子。鬼柳宅から徒歩一分足らずのすぐ近所に住む、梶之助の同い年の幼馴染だ。
学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに迎えに来てくれる。フランス人形みたいにくりくりとしたつぶらな瞳で丸っこいお顔、まっすぐ伸びた一文字眉で、おでこはちょっぴり広め。身長は一四五センチと梶之助よりもさらに十センチほど低くほっそりとした華奢な体つきで、舐めると甘い味がしそうなサラサラしたほんのりチョコレート色の髪を、いつもいちご柄のダブルリボン付きチョコレート色のシニヨンネットでお団子ヘアに束ねている、とってもあどけなく可愛らしい子なのだ。
だが、その守ってあげたくなるような外見とは裏腹に、梶之助とは真逆でスポーツ万能。中でも特に信じられないのが、その体格で〝相撲〟を愛好していることなのだ。しかもかなり強い。バク宙、バク転もこなせるアクロバットな身体能力で小柄さがむしろ武器になっている。梶之助は昔から練習相手として度々標的にされ、何度も何度も何度もぶん投げられた苦い経験がある。千代古齢糖が髪型をお団子ヘアにしているのは、力士が結う髷を意識しているからなのだそうだ。
ちなみに千代古齢糖の両親は、本当は?古聿という漢字を使いたかったそうだけど、?と聿が人名漢字として使えないのでこの表記にしたそうだ。チョコレートのフランス語表記と同じ名前で、きらきらネームっぽいけど、千代古齢糖は純真無垢でとっても良い子だとみんなから愛されている。
「では、五郎次お爺様、行って来まーすっ!」
「じゃ、行ってくる」
七時五五分頃、梶之助の両親はこの時間には既に出勤しているので、齢九〇の五郎次爺ちゃん一人残し千代古齢糖と梶之助は家を出発。この二人は高校へ入ってからも徒歩通学だ。ここから二人が通う県立淳甲台(じゅんこうだい)高校まで二キロ近くあり、自転車通学も許可されているのだが、千代古齢糖が足腰を鍛えたいからという理由で梶之助も無理やり付き合わされているのだ。
じつは入学式当日、梶之助は徒歩は嫌だと断ったのだが、千代古齢糖と腕相撲勝負をしてあっさり負けてしまったため、以降、千代古齢糖の希望に従わざるを得なくなってしまったというなんとも情けない経緯があった。
二人は門を抜けて、通学路を一列で歩き進む。この時、千代古齢糖が前を行くことが多いのだ。
「梶之助くん、今日までに提出の数Ⅰの演習プリントは、全部出来てる?」
「まあ、一応」
「じゃぁあとで写させて。私、分からない問題多くて空欄いっぱいあるんだ」
「いいけど、自分の力でやった方がいいよ」
「それは重々承知なんだけど、私、数学めっちゃ苦手だし、私一人の力じゃ無理だよ。英語も高校に入ってから急に難しくなったと思わない? 幕下の下の方の力士がいきなり幕内で取らされるような感じだよ」
「また相撲に例えてる。確かに覚えなきゃいけない英単語や英熟語、中学の時と比べ物にならないくらい増えたよな。文法もややこしいし。それにしても、今日は朝からけっこう暑いな」
「そうだね、半袖でもいけそうだよね。学校着く頃には汗びっしょりになりそう。夏服にすれば良かったよ」
他にもいろいろ取り留めのない会話を進めていくうち、学校のすぐ側まで近づいて来た。この二人以外の淳高生達も周りにだんだん増えてくる。この高校では今日から五月いっぱいまで制服移行期間。まだ梶之助と千代古齢糖のように冬用の紺色ブレザーを身に纏っていた生徒の方が多く見受けられた。
二人は校舎に入ると、最上階四階にある一年二組の教室へ。幼小中高同じ学校に通い続けている二人は小六の時以来、久し振りに同じクラスになることが出来た。芸術選択で同じ書道を取ったため、なれる確率も高かったのだ。
「ショコラちゃん、おはよー」
「おはよう千代古齢糖さん」
千代古齢糖が自分の席へ向かおうとすると、幼稚園時代からの大の親友、南中秋穂(みなみなか あきほ)と安福利乃(やすふく りの)が穏やかな声で挨拶してくる。梶之助にとっても古い顔馴染みの子達だ。
「おっはよう! 秋穂ちゃん、利乃ちゃん。二人ともまだ冬服だね」
千代古齢糖は爽やかな表情と明るい声で返してあげ、席に着いた。座席はまだ入学した当初のまま出席番号順に並べられている。
秋穂は面長ぱっちり垂れ目、細長八の字眉がチャームポイント。ほんのり茶色なふんわりとした髪を少し巻いて、アジサイなどの花柄シュシュで二つ結びにしているのがいつもヘアスタイルだ。すらっとした体型で背丈は一六〇センチちょっとあり、おっとりのんびりとした雰囲気を漂わせている。
利乃は、背丈は一五〇センチをほんの少し越えるくらい。まん丸な黒縁メガネをかけて、濡れ羽色の髪を肩より少し下くらいまでの三つ編み一つ結びにしている。とても真面目そうで賢そう、加えてお淑やかで大人しそうな優等生らしい雰囲気の子だ。
二人とも文化系っぽい子だが、千代古齢糖も見た目は文化系女子なので釣り合いの取れた仲良し三人組といえよう。
梶之助が自分の席に着いてから五分ほどのち、
「やぁ、梶之助殿ぉー」
いつものように彼の親友の大迎光洋(おおむかい こうよう)が登校して来てのっしのっしと近寄ってくる。光洋は完全夏用の、ポロシャツと薄手の灰色ズボンという組み合わせだった。
「おはよう光洋。やっぱいきなり夏服か。暑がりだもんなぁ」
梶之助は光洋と小一の頃から九年来の親友だ。同じクラスになり、出席番号が梶之助のすぐ前になったことがきっかけで自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけである。その後も小二、小四、中一、そして今学年で同じクラスになり出席番号も前後した。ただ、梶之助は光洋が前では黒板の字が見えにくいので、座席順は過去四回なった時と同じく担任に頼み前後逆にしてもらった。
なぜなら光洋は身長一八六センチ、体重はなんと一三〇キロ以上の大相撲力士としても申し分ないたいそう恵まれた体格をしているからである。小学校を卒業する頃にはすでに一七〇センチ、百キロ以上に達していた。
あまりに太り過ぎているためか、光洋は梶之助と同じくスポーツ全般超苦手なのだ。先月、体育の授業で行われた新体力テストでも、結果は梶之助と同じく全ての種目で同学年男子の平均以下だった。握力やハンドボール投げでさえも。五〇メートル走に至っては一一秒台後半と、同級生の足の速い子の百メートル走よりも時間がかかってしまうという有様だった。けれども彼は、たまに鬼柳宅を訪れ、メロンやスイカなど買うとけっこう高い果物を無料で譲ってくれる気前の良いやつでもある。そんなことが出来るのは、彼の家が果物屋さんを営んでいるからではあるが。