はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
 千代古齢糖は嬉しそうにトイレの中へ。
「あっ、ここもやっぱり洋式かぁ。私は和式の方が好きなんだけど、最近はあまり見かけなくなって寂しいよ」
 ちょっぴり不満そうに呟きながら便器に背を向け、サロペットとパンダさん柄のショーツを脱ぎ下ろして便座にちょこんと腰掛けた。
(テスト勉強しないと)
 梶之助は待っている間、家から持って来た化学の教科書とワークをリュックから取り出し、テスト範囲となっている範囲を黙読する。
 その最中、彼のスマホ着信音が鳴った。
「五郎次爺ちゃんか」
 番号を見ると梶之助はため息混じりに呟いて、通話アイコンをタップした。
『ボンソワール梶之助ぇ。子孫作りには励んでおるかのう?』
 いきなりされたこんな質問。五郎次爺ちゃんはとても機嫌良さそうだった。 
「五郎次爺ちゃん、もう切るね」
『待て待て梶之助、今どこじゃ?』
「さっきホテルに着いたところ」
『そうか、そうか。千代古齢糖ちゃんはそばにおるかのう?』
「今トイレに入ってるけど」
『そうか。ということは、ウォシュレットで尻と、赤ん坊の生まれいずる場所を清めておるな。梶之助、これは誘いの合図じゃぞ。梶之助も千代古齢糖ちゃんももう十五。赤とんぼの歌では嫁に行くお年頃じゃから、そろそろ子作りしても良いじゃろう。千代古齢糖ちゃんは体こそ小さいが、いいヒップラインをしておるし、きっと強い男子を産むぞ。梶之助に鬼柳家流子孫作りのやり方を伝授してやろう。まず風呂に入る時のスタイルになってから女の方と相撲を取り、布団の上に浴びせ倒すのじゃ。まあ、梶之助の場合は立場が逆になるじゃろうけど問題無かろう』
「……」
 五郎次爺ちゃんからどうでもいいアドバイスを長々と聞かされ、梶之助はほとほと呆れ返る。
『五郎次さん』
 そんな彼の耳元に、電話の向こうから女性の声が聞こえて来た。
『こっ、寿美さん、待て。今僕は梶之助に、鬼柳家の将来に関わる非常ぉに大事な話をしとるんじゃ』
『はい、はい』
 声の主は母だった。
『梶之助、変な電話をしないように五郎次さんの携帯没収しておいたからね。あと、固定電話の方も梶之助の携帯の短縮ダイヤル、解除しておいたから』
『オーララ。僕の携帯返してシルブプレ、寿美さぁん』
 五郎次爺ちゃんの嘆き声が電話の向こうから聞こえてくる。
「ありがとう母さん。五郎次爺ちゃんは俺のスマホの番号はちゃんと覚えてないもんな。じゃあ、切るね」
 梶之助は礼を言って、清清しい気分で電話を切った。気を取り直して再び化学のワークを開き、テスト勉強に戻る。
「ふぅ、すっきりした」
 ほどなくして、水を流す音が聞こえて来て千代古齢糖がトイレから出て来た。ほっこりとした表情を浮かべながら。
「じゃ、俺も行くか」
「あっ、あと五分くらい待って……大きい方も、ついでにしたから」
 千代古齢糖はちょっぴり俯き加減で、囁くような声で言った。恥じらいを持っているようだった。
「……分かった。待っててあげる」
 状況を察し、梶之助は紳士的な対応を取る。
「サーンキュ。それにしても梶之助くん、お勉強道具なんか持って来て、真面目な子だねぇ。これは旅行終わるまで没収ぅ!」
 千代古齢糖は梶之助の手元からパッと奪い取った。
「返せよ、千代古齢糖ちゃん」
 梶之助は取り戻そうとするが、千代古齢糖の素早い手の動きについていけない。
「動き遅いよ梶之助くん、それぇ、浴びせ倒しぃーっ」
 千代古齢糖は化学のワークを傍らにポンッと投げ捨てると、梶之助にガバッと抱き付きベッドの上に倒した。
「うわっ!」
 今、梶之助は千代古齢糖に上から乗っかられた状態だ。
「どう梶之助くん、動けないでしょ?」
 千代古齢糖はにやりと微笑む。
「のっ、退けって。重い」
「梶之助くん、女の子に重いは失礼だよ。私、まだ三〇キロ台なのに」
「いたたたっ」
 さらに強く密着された。
 ベッドがギシギシと軋む。
「しょっ、千代古齢糖ちゃん、おっ、俺、トイレ、行きたいから」
「そういや、そうだったね。ごめんね梶之助くん。そろそろ行ってもいいよ」
 千代古齢糖はすぐに梶之助の体から離れてあげる。
「やっと解放されたぁ」
 梶之助はくたびれた様子で立ち上がり、トイレに入る。それとほぼ同じタイミングで、コンコンッと1805号室の出入口扉がノックされる音が聞こえて来た。
「はーい」
 千代古齢糖が対応する。
「ショコラちゃん、夕食バイキングに行こう」
「食事代も宿泊料金に含まれてるので、食べ放題よ」
 訪れて来たのは、秋穂と利乃だった。
「オーケイ。ねえ、梶之助くん。夕食はバイキングだって」
 千代古齢糖はこう伝えて、出入口すぐ横のトイレの扉を開けた。
「うっ、うわぁっ!」
 タイミング悪く、梶之助はちょうど用を足している最中だった。
「きゃっ!」
「あらまあ」
 梶之助の男のあの部分を、秋穂と利乃にもばっちり見られてしまったのだ。
「ごめんね、梶之助くん」
 千代古齢糖はにこにこ笑いながらこう言ってトイレの扉を閉める。
「思ったよりちっちゃかったね。それに、まだほとんど生えてなかったよ」
 利乃はくすくす笑ってしまう。
「リノちゃん、失礼だよ。カジノスケくん、気にしてるかもしれないのに」
 秋穂は頬を少し赤らめながら注意する。
「鍵掛けるの、忘れてたよ」
 ほどなくして出て来た梶之助、悲しげな表情を浮かべていた。
「まあまあ梶之助くん、気にせずに。そのうち立派になるよ。それじゃ、バイキングに行こう」
「コウちゃんとシュウちゃんも呼びに行かなくちゃ」
 四人がこの部屋を出た後、1813号室へ光洋と秀平を呼びに行こうとしたら、梶之助のスマホ宛に一通のメールが届く。
「光洋と秀平、もうレストランにいるって」 
 確認し、梶之助はすぐに伝えた。
「あの子達、また勝手に行動して」
 利乃は困惑顔。
 四人もレストランへ。
 三人掛けの丸テーブル席に梶之助、光洋、秀平。女の子三人はそのすぐ隣の三人掛け丸テーブル席に固まって座る。
「光洋、予想通りのものを選んでるな。野菜もちゃんと食べろよ」
 光洋の目の前の皿を見て、梶之助はやや呆れた。
「そりゃあおいらの大好物だからな」
 光洋はナイフとフォークを使って美味しそうに頬張る。彼は牛ステーキやローストチキン、北京ダックなどの肉料理を中心に選んでいたのだ。
「量もすごいな。五人前はあるだろ」
「大迎君の選んだものを全て合わせると、三千キロカロリー以上はありそうです。現役力士の一食の摂取量に匹敵しますね」
 梶之助と秀平は海鮮料理、
「あー、唐辛子が効いてて美味しい♪ 利乃ちゃんと秋穂ちゃんもどう? 一口」
 千代古齢糖はトムヤムクン、ケジャン、麻婆豆腐などの激辛料理、
「いいです」
「ワタシ、辛過ぎるのは無理だよぅ」
 利乃と秋穂はフルーツやクレープ。クグロフ、モンブランなどのデザートが中心だ。
「ところで光洋さん、秀平さん、お部屋の鍵は持ってる? オートロックよ」
「ボクが持ってるよーん」
 利乃が問いかけると秀平はそう答え、鍵をかざした。
「さすが秀平さん、しっかりしてるわね」
「いえぇ、当たり前のことですのでぇ」
 褒められると、いつもの癖で謙遜。
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