はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
 この無駄に大柄な体格のせいで、光洋は五郎次爺ちゃんにかなり気に入られてしまっている。訪れる度、五郎次爺ちゃんが角界入りを熱心に勧めてくることに光洋はうんざりしており、おいらは新弟子検査には間違いなく受かるだろうけど、相撲界の厳しいしきたりや稽古に耐えられるはずはないよ。たとえ式秀部屋でもと五郎次爺ちゃんに決まり文句のように言い張っている。
 梶之助と光洋との間には、こんなエピソードもある。中学時代に部活動を選ぶ際、光洋と同様体育が苦手なため運動部には一切興味を示さなかった梶之助は、科学部にするか地歴部にするか悩んでいた。そんな時、光洋に「おいら、パソ部に入るから、梶之助殿もいっしょに入ろうぜ」と半ば強引に誘われ、結局当初入る気もなかったパソコン部に入部することに決めたのが中一四月の終わり頃。それから中学時代の三年間を共に同じ部活で過ごし、高校でも同じ部活、アニメ部に一週間ほど前正式入部した。
「梶之助殿、このラノベ、べらぼうに面白いぞ、読んでみろ。七月からはサ○テレビでアニメも始まるんだぜ」
 光洋はどかっと席に着くと、鞄の中から例の物を一冊取り出し梶之助に手渡す。
「……一応、借りとくよ」
 それを見て、梶之助は顔を少し顰める。表表紙に下着丸見えの制服姿な可愛らしい少女のカラーイラストが描かれていたのだ。光洋は小五の終わり頃からラノベや萌え系の深夜アニメに嵌っていたらしい。梶之助はこういう世界に深く踏み込んではいけないなと、本能的に感じている。すぐさま鞄の中に片付けた。
「おっはよう、光ちゃん」
「……おっ、おはよぅ」 
 突如、千代古齢糖に明るい声で挨拶された光洋は、思わず目を逸らしてしまった。彼は千代古齢糖に限らず、三次元の女の子がよほど年上でもない限り苦手なのだ。裏話、光洋は小学校時代、休み時間や登下校中に千代古齢糖にしばしばいっしょにお相撲ごっこしようとかって懐かれ、対戦をさせられいつも千代古齢糖にバランスを崩され投げ飛ばされていた経験がある。その度に周りで見ていた多くの他の女の子から弱過ぎとか泣き虫とかって言われ笑われバカにされていたのだ。
 光洋が三次元の女の子に嫌気がさして二次元美少女の世界にのめり込むようになったのは、そんな理由なんだろうなと梶之助は推測している。 
「梶之助くん、数Ⅰの宿題写し終わったよ、サーンキュ。これからもよろしく頼むね」
「いや、だから自分の力でやった方が……」
 梶之助が呆れ顔でそう言ったちょうどその時、八時半の、朝のホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。千代古齢糖他、立っているクラスメート達はぞろぞろ自分の席へ。
「皆さん、おはようございます」
 ほどなくして、クラス担任で英語科の寺尾先生がやって来た。背丈は一五五センチくらい。面長ぱっちり瞳。ほんのり栗色ミディアムボブヘア。二九歳の実年齢よりも若く見え、女子大生っぽさもまだ感じられるそんな彼女はいつも通り出欠を取り、諸連絡を伝え、このあと八時四〇分から始まる一時限目の授業を受け持つクラスへと移動していく。一年二組では、今日は数学Ⅰの授業が組まれてあった。

「梶之助殿ぉ、おいら、数学、速過ぎてついていけんわー」
 九時二五分、一時限目が終わり休み時間が始まると、光洋が後ろからため息交じりに話しかけてくる。
「ちゃんと予習して来ないからだろ」
 梶之助は笑顔で指摘する。
「この間の小テストも二点しかなかったし、このままやとおいら、中間やべぇな、本気出さんと。一週間前からマンガとゲームと深夜アニメとラノベ封印して」
「ボクは高校生活最初の中間テスト、とっても楽しみにしているよーん。科目数も増えるしぃ」
 二人の会話に、とある冬服姿の男子クラスメートも割り込んで来た。
「さすが秀平殿、余裕の構えであるな。この高校の新入生テストでも学年トップだったし。国数英の三教科合計二九八(にーきゅっぱ)だったよな?」
「はいぃ、その通りでございますぅ。ボク、じつは三〇〇点満点を狙っていたのですが、国語で文法問題一問落としちゃいましたよ。トホホ」
 秀平という名の子だった。彼はしょんぼりとした表情で言う。光洋にとって秀平は、梶之助と同じアニメ部仲間だ。中学の頃も同じパソコン部だった。
「それで不満そうにするなよ。秀平は相変わらずの天才振りだよな」
 梶之助は感心していた。同じ幼小中出身のため、秀平のことは昔からよく知っている。つまり千代古齢糖や秋穂、利乃も彼の古い顔馴染みというわけだ。
「おいら達とは次元が違い過ぎるぜ。秀平殿、灘高行けてたんじゃねぇの?」
「いやいや、さすがに灘はボクの学力程度では絶対無理だよーん。というかボク、将来は京大理学部を目指してるけど、それまでの過程において、べつに有名私立に行く必要はないのでは、と考えてるからね。中学受験も一切しなかったよーん」
「それで高校もおいら達と同じ公立に来たってわけであるか?」
「イエス。淳高はボクんちから一番近いので通学の手間も省けるしぃ」
 光洋の質問に、秀平は自宅から持って来たラノベを読みながら淡々と答えていく。
「それは才能が勿体ないぜ。というか東大じゃなくて京大なのだな。おいらも秀平殿みたいな天才的頭脳が欲しいぜ。吸収っ!」
 光洋は秀平の頭を両サイドから強く押さえ付けた。
「あべべべ、大迎君、すこぶる痛いので止めてくれたまえぇぇぇぇ」
 秀平は首をブンブン振り動かし抵抗する。
「中間では、どれか一科目だけでも勝ってみせるぜ」
 そう宣言し、光洋は手を離してあげた。
 秀平のフルネームは助野秀平(すけの しゅうへい)。一六九センチの背丈は高一男子としてごく普通だが、体重は約五〇キロと痩せ型。新体力テストの結果も梶之助や光洋と同じく全て平均以下の運動音痴振り。しかしながら現時点ですでに東大理Ⅰに合格出来そうな学力を有する秀才君なのだ。坊っちゃん刈り、四角眼鏡、丸顔。まさに絵に描いたようながり勉くんな風貌である。
「秀ちゃん、北大の過去問当てられて、あっさり解いちゃうなんて凄いね。大関級の難問なのに」
「先生も驚いてたよね。超天才だよ、シュウちゃんは」
「秀平さんは、淳高始まって以来の天才だと思います」 
 千代古齢糖と秋穂、さらに利乃も、この三人の側へぴょこぴょこ歩み寄って来た。
「いっ、いえ、それほどでもぉ……」
 秀平は俯き加減になり、謙遜する。彼も光洋と同じく、物心ついた頃から三次元の女の子を苦手としているのだ。光洋よりも早く小学四年生頃にはすでに二次元美少女の世界にどっぷり嵌っていた。しかしながら、秀平がそういった趣味を持っているということは、梶之助は中学に入学してパソコン部に入部するまで知らなかったのだ。
        ○
 六時限目終了後の休み時間が始まってほどなく、
「あっ、やばっ。柔道着忘れた」
 梶之助はこう呟いた。普段は木曜の七時限目は化学なのだが、今日は特別編成時間割で普段は月曜に組まれている柔道があったのだ。
「梶之助殿、おいらも忘れたぜ」
 仲間意識が芽生えたのか、光洋はとても嬉しそうだった。
「ボクはちゃんと持って来たよーん。黒板横の連絡事項は毎日しっかり確認しましょう」
 秀平は得意げに言う。
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