はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
「おいら、また忘れてサボろうかな。柔道の授業、嫌やわー。初回の授業でいきなりキミ、柔道得意やろ? ちょっと技の手本見せたってやーって言われたし。ラグビー部と柔道部とウェイトリフティング部からの勧誘もしつこくて非常に鬱陶しかったぜ。小学校の時も相撲大会に出てくれないか? とか中学の時もおまえ、なんで柔道部に入らんかったん? って何百回か訊かれたし。おいら、文化系男子だからスポーツは大の苦手なんだって。人を外見で判断するのは良くないぜ」
光洋はハァッとため息混じりにぶつぶつ呟く。
「確かに光洋の体格見りゃぁ普通そう思われるだろ」
梶之助は笑顔で意見した。
この高校では男子は柔道必修。女子はダンスか柔道かを選べるのだが、大半の女子はダンスを選択している。
千代古齢糖は柔道……ではなくダンスを選択した。本当は柔道を選択したかったのだが、秋穂と利乃がダンスを選択するからダンスを選択したという、友達がそうするから自分もそうするという高校生にはありがちな理由があった。
「では、次からは気を付けるように」
「はい、分かりました」
「おいらも次はちゃんと忘れず持って来ます」
上背一八〇センチ近くあり丸刈り仏顔な柔道の遠藤先生から許しを得、梶之助と光洋は制服姿で柔道場隅の方で見学。二クラス合同計四〇名くらいの男子で行われるのだが、この二人含め十名近くは忘れて見学していたため特に際立って目立つことはなかった。
授業終了後。
「光洋、秀平。今はまだ受け身の練習だけだけど、これから組み手とか技の練習とかになってくるかと思うと本当に先が思いやられるな」
「同意。なんで高校に入ってからも柔道やらなきゃいけないんだよ」
「ボクももう嫌ですよぅ。柔道なんか時代遅れの最も無駄な科目ですね。柔道の代わりに地学や第二外国語を必修科目にした方がよっぽど日本の未来のためになるよん。この令和の世の中、未だ中学で武道必修のままなんて文部科学省の中の人はなんて馬鹿げたことを考えているんだか、ぶつぶつぶつ」
梶之助、光洋、秀平の三人で廊下を歩きながらこんな会話をしていたところ、
「それにしてもキミ、高校生離れした風貌しとるなぁ。素でパチンコ屋に入ってもバレへんのとちゃうか?」
光洋が遠藤先生からにこにこ顔で、機嫌良さそうに話しかけられた。
「いやいや、そんなことは……」
光洋はかなり迷惑がっている様子だったが、
「部活は何に入ったん?」
遠藤先生はお構い無しに質問してくる。
「アニメ部です」
「そりゃ勿体無いなぁ。柔道部に入って鍛えれば、全国目指せる器やのに」
「いえ、おいら、筋金入りの運動オンチなんで」
光洋は自然と早足になる。
「気が向いたらでいいから、ぜひ入ってくれ。首を長くして待っとるで」
「いや、いいです」
ようやく開放され、光洋はホッと一息ついた。
「大変だな、光洋」
「大迎君、そのうち諦めてくれると思うよん」
梶之助と秀平は同情する。秀平も小中学校時代、見た目から学級委員長にたびたび推薦されていたため、光洋の気持ちが深く理解出来るのだ。
○
「それじゃ、梶之助くん。また後でね」
「うん」
放課後、部活動の時間が始まると、梶之助は千代古齢糖といったん別れた。
千代古齢糖は柔道部もしくはその他の運動部……ではなく利乃や秋穂と同じ文化部の代表とも言える文芸部に所属している。こちらについては千代古齢糖自身も入部したいと思ったから入部した。
じつは千代古齢糖は、今でも幼い子ども向けの絵本やアニメや小説が大好きで、将来は絵本作家になりたいとも願っているのだ。千代古齢糖が相撲に嵌ったきっかけも幼稚園に入って間もない頃に、金太郎のお話が大好きだったから金太郎さんの真似をしてお友達とお相撲ごっこをしてみた、という単純なものであった。梶之助のおウチがかつての力士一家だったことに対する影響よりも大きかったのだ。
千代古齢糖のおウチ自室にある本棚には、幼稚園児から小学生向けの少女漫画誌や少女コミック、児童図書、絵本などが合わせて二百冊くらい並べられていて、普通の女子高生が好みそうなティーン向けファッション誌は一つも見当たらない。クマやウサギ、リス、ネコといった可愛らしい動物のぬいぐるみもたくさん飾られていて、お部屋の様子はあどけない女の子らしさが醸し出されている。
梶之助と光洋、そして秀平の男子三人組は週一回木曜日だけ活動しているアニメ部の部室、情報処理実習室へと向かった。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが全部で五〇台ほど設置されてある。
アニメ部の主な活動はその名の通りアニメーションの創作活動。他にもゲーム製作やDTM作曲活動なんかもしている。パソコンを使って作業をするため、ここを部室として使っているのだ。
ところがこの三人は、ウェブサイトの閲覧やアニメ鑑賞だけをして過ごすことがほとんどである。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。三十数名いる他の部員達(大半は男子)もゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板を眺めていたりと本来の活動内容とは全く違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は半数に満たないくらいなのだ。
三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まるようにして座る。梶之助が電源ボタンを入れ、彼のパスワードでパソコンを起動させた。
「まずはこれから見ようぜ」
光洋はとある動画配信サイトを開き、かわいい女の子達が多数登場するアイドル系アニメを再生した。
「光洋、俺にはこういう系のアニメ、どれも同じに見えるんだけど……この間見たやつとは違うんだよな?」
流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、梶之助は眉を顰める。
「梶之助殿はまだまだ稽古不足であるな。おいらは日々睡眠時間を惜しんで深夜アニメを三時間以上は凝視してるから、キャラ、キャラデザ、声優含めどれも全部違うアニメに見えるというのに」
光洋は大きく笑った。
「その分を教科の勉強に費やせよ」
梶之助はやや呆れる。
「まあ鬼柳君は、ボクや大迎君のようにまではのめり込まない方がいいよーん。もう戻れなくなるからね」
秀平は自嘲気味に警告する。
同じ頃、文芸部の部室【視聴覚室】。
「あっ、また折れちゃった」
「ショコラちゃん、握力強過ぎだよ。もっとそーっと握らなきゃ」
千代古齢糖と秋穂は、色鉛筆やクレヨンを用いて絵本作りに励んでいた。
「あー、ダメだぁ。もうストーリーが全然思い浮かばないよぅ。まだ二〇ページも書いてないのに」
一方、利乃はパソコン画面に向かいながら、嘆きの声を上げた。
文芸部の主な活動は漫画、小説、詩、絵本などの創作活動だ。アニメ部とは対照的に、部員のほとんどが女子である。
「利乃ちゃん、小説書くのに行き詰ったみたいだね」
千代古齢糖は楽しそうに話しかける。
「うん、わたし、高校最初の目標はラノベレーベルの新人賞に初挑戦することなんだけど、まだわたしにはハードルが高過ぎるよ」
利乃は苦い表情を浮かべた。
光洋はハァッとため息混じりにぶつぶつ呟く。
「確かに光洋の体格見りゃぁ普通そう思われるだろ」
梶之助は笑顔で意見した。
この高校では男子は柔道必修。女子はダンスか柔道かを選べるのだが、大半の女子はダンスを選択している。
千代古齢糖は柔道……ではなくダンスを選択した。本当は柔道を選択したかったのだが、秋穂と利乃がダンスを選択するからダンスを選択したという、友達がそうするから自分もそうするという高校生にはありがちな理由があった。
「では、次からは気を付けるように」
「はい、分かりました」
「おいらも次はちゃんと忘れず持って来ます」
上背一八〇センチ近くあり丸刈り仏顔な柔道の遠藤先生から許しを得、梶之助と光洋は制服姿で柔道場隅の方で見学。二クラス合同計四〇名くらいの男子で行われるのだが、この二人含め十名近くは忘れて見学していたため特に際立って目立つことはなかった。
授業終了後。
「光洋、秀平。今はまだ受け身の練習だけだけど、これから組み手とか技の練習とかになってくるかと思うと本当に先が思いやられるな」
「同意。なんで高校に入ってからも柔道やらなきゃいけないんだよ」
「ボクももう嫌ですよぅ。柔道なんか時代遅れの最も無駄な科目ですね。柔道の代わりに地学や第二外国語を必修科目にした方がよっぽど日本の未来のためになるよん。この令和の世の中、未だ中学で武道必修のままなんて文部科学省の中の人はなんて馬鹿げたことを考えているんだか、ぶつぶつぶつ」
梶之助、光洋、秀平の三人で廊下を歩きながらこんな会話をしていたところ、
「それにしてもキミ、高校生離れした風貌しとるなぁ。素でパチンコ屋に入ってもバレへんのとちゃうか?」
光洋が遠藤先生からにこにこ顔で、機嫌良さそうに話しかけられた。
「いやいや、そんなことは……」
光洋はかなり迷惑がっている様子だったが、
「部活は何に入ったん?」
遠藤先生はお構い無しに質問してくる。
「アニメ部です」
「そりゃ勿体無いなぁ。柔道部に入って鍛えれば、全国目指せる器やのに」
「いえ、おいら、筋金入りの運動オンチなんで」
光洋は自然と早足になる。
「気が向いたらでいいから、ぜひ入ってくれ。首を長くして待っとるで」
「いや、いいです」
ようやく開放され、光洋はホッと一息ついた。
「大変だな、光洋」
「大迎君、そのうち諦めてくれると思うよん」
梶之助と秀平は同情する。秀平も小中学校時代、見た目から学級委員長にたびたび推薦されていたため、光洋の気持ちが深く理解出来るのだ。
○
「それじゃ、梶之助くん。また後でね」
「うん」
放課後、部活動の時間が始まると、梶之助は千代古齢糖といったん別れた。
千代古齢糖は柔道部もしくはその他の運動部……ではなく利乃や秋穂と同じ文化部の代表とも言える文芸部に所属している。こちらについては千代古齢糖自身も入部したいと思ったから入部した。
じつは千代古齢糖は、今でも幼い子ども向けの絵本やアニメや小説が大好きで、将来は絵本作家になりたいとも願っているのだ。千代古齢糖が相撲に嵌ったきっかけも幼稚園に入って間もない頃に、金太郎のお話が大好きだったから金太郎さんの真似をしてお友達とお相撲ごっこをしてみた、という単純なものであった。梶之助のおウチがかつての力士一家だったことに対する影響よりも大きかったのだ。
千代古齢糖のおウチ自室にある本棚には、幼稚園児から小学生向けの少女漫画誌や少女コミック、児童図書、絵本などが合わせて二百冊くらい並べられていて、普通の女子高生が好みそうなティーン向けファッション誌は一つも見当たらない。クマやウサギ、リス、ネコといった可愛らしい動物のぬいぐるみもたくさん飾られていて、お部屋の様子はあどけない女の子らしさが醸し出されている。
梶之助と光洋、そして秀平の男子三人組は週一回木曜日だけ活動しているアニメ部の部室、情報処理実習室へと向かった。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが全部で五〇台ほど設置されてある。
アニメ部の主な活動はその名の通りアニメーションの創作活動。他にもゲーム製作やDTM作曲活動なんかもしている。パソコンを使って作業をするため、ここを部室として使っているのだ。
ところがこの三人は、ウェブサイトの閲覧やアニメ鑑賞だけをして過ごすことがほとんどである。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。三十数名いる他の部員達(大半は男子)もゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板を眺めていたりと本来の活動内容とは全く違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は半数に満たないくらいなのだ。
三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まるようにして座る。梶之助が電源ボタンを入れ、彼のパスワードでパソコンを起動させた。
「まずはこれから見ようぜ」
光洋はとある動画配信サイトを開き、かわいい女の子達が多数登場するアイドル系アニメを再生した。
「光洋、俺にはこういう系のアニメ、どれも同じに見えるんだけど……この間見たやつとは違うんだよな?」
流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、梶之助は眉を顰める。
「梶之助殿はまだまだ稽古不足であるな。おいらは日々睡眠時間を惜しんで深夜アニメを三時間以上は凝視してるから、キャラ、キャラデザ、声優含めどれも全部違うアニメに見えるというのに」
光洋は大きく笑った。
「その分を教科の勉強に費やせよ」
梶之助はやや呆れる。
「まあ鬼柳君は、ボクや大迎君のようにまではのめり込まない方がいいよーん。もう戻れなくなるからね」
秀平は自嘲気味に警告する。
同じ頃、文芸部の部室【視聴覚室】。
「あっ、また折れちゃった」
「ショコラちゃん、握力強過ぎだよ。もっとそーっと握らなきゃ」
千代古齢糖と秋穂は、色鉛筆やクレヨンを用いて絵本作りに励んでいた。
「あー、ダメだぁ。もうストーリーが全然思い浮かばないよぅ。まだ二〇ページも書いてないのに」
一方、利乃はパソコン画面に向かいながら、嘆きの声を上げた。
文芸部の主な活動は漫画、小説、詩、絵本などの創作活動だ。アニメ部とは対照的に、部員のほとんどが女子である。
「利乃ちゃん、小説書くのに行き詰ったみたいだね」
千代古齢糖は楽しそうに話しかける。
「うん、わたし、高校最初の目標はラノベレーベルの新人賞に初挑戦することなんだけど、まだわたしにはハードルが高過ぎるよ」
利乃は苦い表情を浮かべた。