はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
「ラノベの新人賞って、ものすごい枚数書かなきゃいけないもんね。四百字詰め原稿用紙に三百枚前後も書くなんて、ワタシには絶対無理だなぁ。五枚から十枚くらいでいい童話賞のしか書けないよ」
 秋穂は、利乃が応募しようとしている新人賞の応募要項と選考結果の載せられたホームページを開き、眺めながら呟く。
「私なんて読書感想文を五枚分埋めるのすら無理だよ。ラノベ賞の選考過程って、大相撲の番付昇進に通じる所があるね。こんな感じで」
 千代古齢糖はそのページを眺めながらにこにこ顔で呟き、黒のボールペンを手に取った。そしてメモ用紙にこう書き記す。
 一次選考落ち=幕下以下。一次選考通過=十両。二次選考通過=前頭。三次選考通過=小結・関脇。最終選考=大関。受賞デビュー=横綱。 
 千代古齢糖は新人賞の選考過程を大相撲の番付になぞらえたのだ。
「千代古齢糖さん、相撲に例えるなんて、本当に相撲好きね。けど確かに通じる所があるよ。番付も降格するように、選考過程も降格するからね。一度最終選考まで残った人が、次に書いた作品では一次も通らなかったりすることはよくあるみたいなので。それどころか著書を何冊か出しているプロ作家さんですら、改めて賞に応募すると一次で落とされるケースはけっこうあるみたいよ」
 利乃は笑顔で伝えた。
「プロ作家でも一次で落ちちゃうのかぁ。まるで三役経験のある力士が幕下まで陥落して、幕下相手にも全然勝てなくなるような落ちぶれ方だね」
 千代古齢糖の呟きを聞き、
「千代古齢糖さん、また相撲に例えてる」
 利乃はくすっと笑った。
「ねえリノちゃん、ライトノベルの新人賞って、競争倍率も物凄いよね。何千作も集まってくる中で、受賞してるのは三作か四作くらいしかないもん。大学入試の五倍とかの倍率がものすごく低く感じるよ」
 選考結果を眺め、秋穂は思ったことを率直に述べてみる。
「わたしもそう思うわ。さらに大学一般入試とは違って正しい解答、明確かつ公平な採点基準が無いからね。現代文の記述問題、小論文試験以上の不明確さよ。でも、だからこそ挑戦し甲斐があるの。わたし、高校在学中に受賞は無理にしても一次選考くらいは通ることを目標にしてるわ」
 利乃はきりっとした表情で打ち明けた。
「頑張れリノちゃん、ワタシ、応援してるよ」
 秋穂は温かくエールを送る。
「でもさぁ、利乃ちゃん、まずは完成させなきゃ応募すら出来ないじゃん」
 千代古齢糖は笑いながら指摘した。
「そうなのよね、まずはその壁を突破しなきゃね。ネット小説大賞やカ〇ヨムの新人賞みたいに、書きかけの連載中でも文字数少なくても応募出来る賞もけっこうあるから、それを目指そうかな」
 利乃は苦笑い。
 そんなやり取りから一時間ほどが経った頃。アニメ部の部室では、
「次はこれやろうぜ」
 光洋が通学鞄から、一つの箱を取り出した。
「こっ、光洋、これは、非常にまずいだろ」
 パッケージに描かれたアダルトなカラーイラストを目にした瞬間、梶之助の顔が引き攣る。
「おいら的法律によれば、十八禁とは〝十八歳以上はプレイ禁止〟ってことだぜ」
 光洋はきりっとした表情で言い張った。
「おいおい。真逆の解釈をするな」
 梶之助は呆れてしまった。
「良いではないか、梶之助殿。高校生の兄と中学生の妹が仲睦まじくいっしょにエロゲープレイしてるラノベもあるんだし、全く問題ないって」
「そうだよね大迎君、小学生でも普通にエロゲをプレイするものだしぃ」
 秀平も肯定派だった。
「そういう子達の将来が心配だ」
 梶之助は頭を抱える。
「梶之助殿、十八禁版をプレイすれば、Sw〇tchとかに移植されてるコンシューマー版じゃ物足りなくなってくるぜ」
 光洋が、肝心のゲームが収録されてあるDVD‐ROMを箱から取り出し、投入口に入れようとした瞬間、
「光ちゃん、何しようとしてるのかなぁ?」
 背後から誰かにそのDVD‐ROMをパッと奪い取られ、阻止された。
「うぉっ!」
 光洋はビクーッとなる。
 正体は、千代古齢糖だった。 
「光洋さん、これらは不要物よ。先生に見つかったら没収どころか停学処分よ」
「コウちゃん、こんなエッチなものに手を出しちゃダメだよ。お母さんが悲しむよ」
 利乃と秋穂もいた。二人とも頬を赤らめて、パッケージに描かれたイラストを眺めながら注意してくる。
「わっ、分かりましたぁ。すぐに、仕舞います」
 光洋は千代古齢糖からDVD‐ROMを返してもらうと、素直に従う仕草を見せた。
「今度持って来たら真っ二つに割るからね。梶之助くんも、こんないやらしいのを好きになっちゃダメだよ」
 千代古齢糖は心配そうに忠告する。
「分かってる。俺、こんなのには全く興味ないから」
 梶之助は安心させるように答えた。
「じゃあ梶之助くん、いっしょに帰ろう」
「うっ、うん。いっ、いたたたぁ」
 千代古齢糖に腕をぐいっと引っ張られ、情報処理実習室から強制退出させられてしまう。
「梶之助殿も大変だな」
「今しがた邪魔者は去った。それでは、再開しますか」
 秋穂と利乃も退出したのを確認すると、光洋と秀平は先ほどの忠告は無視してエロゲープレイに興じたのであった。
 帰り道、
「私、あとで梶之助くんち寄るね。五郎次お爺様から借りてた大相撲のビデオ、返したいから」
「分かった」
 千代古齢糖からの伝言を、梶之助は快く承知する。五郎次爺ちゃんは毎朝千代古齢糖が訪れる時間には梶之助の例の行動によって寝込んでいるため、直接会うことはないのだ。
「九〇年代の取組は今よりも面白いのが多いよね。舞の海が曙とか武蔵丸とか小錦とか、超大型力士に挑んで勝つ取組は私にとっても励みになるよ。水戸泉が豪快に塩を撒くシーンも最高だね。あと、旭道山が久島海を張り手一発で倒した取組もすごく燃えたよ。私がまだ生まれる前だよね、リアルタイムで見たかったなぁ」
 千代古齢糖は興奮気味に感想を語る。
 五郎次爺ちゃんは一九七〇年代末以降、現在に至るまで四十年以上に渡ってテレビ中継される大相撲の取組の一部を録画保存しているのだ。千代古齢糖が今回借りていたものはVHSで録画されたものだが、五年ほど前の取組からはブルーレイディスクに録画するようになった。ちなみに操作方法を五郎次爺ちゃんに教えたのは梶之助である。九〇過ぎのご老人にはごく普通のことだとは思うが、五郎次爺ちゃんは最近の家電製品には疎いのだ。
「ただいま、五郎次爺ちゃん」
「おう、おかえり梶之助」
 梶之助が帰宅後の挨拶をすると、五郎次爺ちゃんは明るい声で返した。こんな風に梶之助が帰宅する頃にはいつもの機嫌に戻っている。五郎次爺ちゃんは、夕方頃は茶の間でテレビを見てくつろいでいることが多いのだ。
 それから二〇分ほどのち、
「こんばんはーっ、五郎次お爺様ぁ」
「ぅおううううう、千代古齢糖ちゃんじゃぁぁぁーっ。ワッホホゥゥゥゥゥーッイ! モンプティタミーッ。ボンソワール」
 千代古齢糖がやって来ると、五郎次爺ちゃんは犬は喜び庭駆け回るように歓喜し、千代古齢糖にガバッと抱きついた。
「えーいっ!」
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