はっきよい! ショコラちゃん~la mignonne petite fille~
(なっ、なんか、胸が――秋穂ちゃん、いつの間に、こんなに大きく……中学の頃はぺったんこだったのに)
 むにゅっとして、ふわふわ柔らかった。
 秋穂のおっぱいの感触がジャージ越しに、千代古齢糖の背中に伝わってくるのだ。
(突き押し食らった時にクッションになるから羨ましいよ)
 そんな心境に駆られた千代古齢糖はトコトコ走り出した。
「千代古齢糖さん、力持ちね」
 その様子を見て、利乃はとても感心する。
 
「失礼します。木村先生。あの、この子、秋穂ちゃ、南中さんが、体育の授業中に、貧血で倒れました」
 千代古齢糖は保健室のグラウンド側の扉を引いて小声で叫び、秋穂を背負ったまま入室した。
「失礼しまーす」
 秋穂は元気なさそうに挨拶した。
「いらっしゃい」
 養護教諭、木村庄子先生は二人を笑顔で迎えてくれた。ぱっちり瞳に卵顔。さらさらした黒髪を赤いリボンでポニーテールに束ねている、三〇歳くらいの女性だ。
 今保健室には、この三人以外には誰もいなかった。
「それじゃ、下ろすよ」
 千代古齢糖はこう告げて、秋穂をソファの前にそっと下ろしてあげる。
「ありがとう、ショコラちゃん」
 秋穂はぺこりと頭を下げて、ソファにぺたんと座り込んだ。
「南中さん、これをどうぞ」
 木村先生は、保健室内にある冷蔵庫から貧血に効くという栄養ドリンクを取り出し、秋穂に差し出した。
「ありがとうございます」
 秋穂はぺこりと一礼してから両手で丁重に受け取る。瓶の蓋を開けると、ちびちびゆっくりとしたペースで飲み干していった。
「三星さん本当に力持ちね。南中さんは、貧血になったのは今回が初めてかな?」
「そうですねぇー。ワタシ、水泳の授業がもうすぐ始まるからダイエットしようと思って、ここ一週間は朝食ほとんど食べてなかったからかなぁ?」
 木村先生の質問に、秋穂は照れ気味に打ち明けた。
「原因は非常に良く分かりました。南中さん、朝食を抜くのはダメよ。保健や家庭科の授業でも再三言われてるでしょ」
 木村先生は爽やか笑顔で忠告する。
「でも私、最近太って来たような気がするの」
 秋穂はぽつりと呟く。
「南中さんの身体測定のデータ見ると、標準体重よりちょっと少ないから、少々増えたってダイエットはする必要ないからね。敏感になりすぎて太ってないのにダイエットしようとする子が本当に多くて……」
 木村先生はパソコン画面を見つめながら、ため息交じりに助言した。この学校の生徒達全員の身体測定データが、専用ソフトに保存されてあるのだ。
「標準体重が、多過ぎるような」
 秋穂は眉をへの字に曲げる。腑に落ちなかったらしい。
「秋穂ちゃん、意外と軽いね。五〇キロ無いんだ」
「あぁんっ、見ちゃダメェー」
「ごめんね、秋穂ちゃん」
「すぐに消すわね」
 木村先生は千代古齢糖が両目を覆われている間に、データ画面を閉じてあげた。
「あのう、木村先生。ワタシが貧血になった原因、もう一つ心当たりがあります。ワタシ、今、生理中でして」
「そうだったの。それじゃいつも以上に貧血になり易いから、体調管理にはじゅうぶん気を付けるようにね」
「はい。あとワタシ、便秘も頻繁になりやすいです」
 秋穂は苦虫を噛み潰したような顔で、自分のおなかをさすりながら伝える。
「私はけっこう便通いい方だよ」
「ショコラちゃん羨ましい。便秘はけっこうつらいよ。うぅーんってお腹に思いっきり力入れてもウサギさんのウンチみたいなのしか出なくてすっきりしないから」
「南中さん、繊維質のものとか、お野菜はちゃんと食べてる?」
「ワタシ、お野菜はピーマンとかセロリとかアスパラガスとか、苦手なものが多くて、あまり食べてないです。お菓子の方をよく食べるなぁ」
「それも貧血の原因よ。ちゃんとお野菜も食べなきゃダメよ」
「はーい。これからは気をつけます」
 木村先生からの忠告に、秋穂は照れ笑いを浮かべながら素直に返事した。
「私はキムチチゲとか、麻婆豆腐とか、トムヤムクンとか、グリーンカレーとか、ビビンバとかでお野菜摂ってるよ」
「ショコラちゃん、相変わらず辛いもの好きだね」
「三星さんも、辛いものを食べ過ぎると、お尻のお医者さんのお世話にならなきゃいけなくなるかもしれないから、気を付けましょうね」
 木村先生はにこにこした表情で忠告する。
「あれって、中高年のおじさんがなるものでしょ? 私は大丈夫ですよ」
 千代古齢糖は大きく笑った。
「いやいや、若い女性もけっこうなってる人多いみたいよ」
「えっ! そうなんですか。ひょっとして、木村先生も、あっ、いや、木村先生はもう若い女性じゃないよね、三十路だしおばさんだね」
 木村先生から伝えられたことに、千代古齢糖は少し驚く。
「先生はまだ一度もなってないから。それと三星さん、二重に失礼よ」
 木村先生はニカッと微笑みかけ、千代古齢糖の頭をペチッと一発叩いておいた。
「あいてっ。あれは便秘以上につらいよね。私、絶対なりたくないのでこれからは辛い物は少し控えまーす」
「ぜひそうしてね。胃にも良くないし。ところで南中さん、今日は早退する?」
「いえ、少し休めば大丈夫ですよ。木村先生、ワタシ、一時限目が終わるまでちょっと休んでまーす」
 秋穂はそう伝えながらゆっくりと立ち上がり、ベッドの側へぴょこぴょこ歩み寄った。
「分かりました」
 木村先生は快く許可する。
「ふかふかして気持ち良さそう」
 秋穂はとても幸せそうな気分でベッドへ上がり、足を伸ばし仰向けに寝て、自分でお布団をかけた。
「秋穂ちゃん、お顔と首、汗かいてる。拭いてあげるよ」
 そう言うと千代古齢糖は自分の首に巻いていた、デフォルメされた大相撲力士のイラストがプリントされたスポーツタオルを外し、秋穂の首筋に押し当てて、そっと撫でる。
「ありがとうショコラちゃん。すごく気持ちいい」
「どういたしまして。あの、秋穂ちゃん、気分が悪かったり、頭とか、お腹とか、痛い所はない?」
 秋穂ににこっと微笑まれ、千代古齢糖は照れくささからか、視線を逸らしてしまった。
「うん。ワタシは大丈夫だよ」
 秋穂は元気そうな声で答えた。
「そっか。よかったよ。あのう、木村先生、私もちょっと休みまーす。昨日、というか時刻的に今日ですけど三時頃まで大相撲のビデオ見ててものすごく眠たいので」
「あらあらっ、いいけど、勉強以外での夜更かしはダメよ」
 木村先生はちょっぴり呆れていた。
「あの、秋穂ちゃん、いっしょのベッドに寝ても、いい?」
「うん、もちろんいいよ。というか、その方が嬉しいな。ワタシ一人でおねんねするのは寂しいから」
 千代古齢糖のお願いを、秋穂は快く承諾する。
「ありがとう、秋穂ちゃん」
 やったぁーっ。めっちゃ嬉しい。今ものすごく幸せだよ私。
 こんな心境の千代古齢糖もベッドへ上がり、秋穂とぴったり引っ付くように寝転がった。
「それじゃ、おやすみなさい」
 木村先生はそう告げて、カーテンをシャッと閉めてあげた。
「こうしてると、幼稚園のお昼寝の時間を思い出すよ」
 秋穂は千代古齢糖の方を向いて話しかける。
「お昼寝の時間、懐かしいな」
「ワタシなかなか起きれなくて、帰りのお迎えのバス乗り過ごしちゃったこともあるよ」
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