異世界ハーブ店、始めました。〜ハーブの効き目が規格外なのは、気のせいでしょうか〜
三人分の朝食の準備が終わったところで二人が降りてきた。ミオはカウンターに座った二人の前に食事を置いていく。
「おかわりあるからね」
「ありがとうございます」
「あら、ミオは食べないの?」
店の開店まであと一時間。色々準備をしなくてはいけないので、食事をする時間はなさそう。
「私はすることがあるから適当に摘むわ。食べていて」
ゆで卵を作りながら昨日のパンを千切って口に放り込む。オーブンではさっき入れたパン生地が膨らみ始めているけれど、小麦の匂いはまだしてこない。
(今日もアーティチョークティーがよく出るだろうし、事前にブレンドしたものを幾つか用意しておかなきゃ)
テキパキと手際よく動くミオを見ながら二人はパンを口に運ぶ。あの部屋の持ち主とは思えない仕事ぶりだと関心しつつ呆れもする。
「そういえばリズ、騎士団への連絡はついたの?」
「ええ。店に来た騎士にジークのことを伝えると、エールを流し込んで駐屯地に戻っていったわ。そのあとまた店に戻ってきて、朝に迎えに来てくれることになっている」
ジークが寝ていたので、無理に起こし夜中に運ぶより今夜は安静にした方がよいとの判断かららしい。既に説明を受けていたジークは、頷きながら話を聞いていた。
「若く見えるけれど、騎士には幾つからなれるの?」
「十八からです。初めの二年は騎士見習いで、今年騎士になったばかりです」
予想より若く、まさかの十代。
そりゃ、回復も早いわ、とミオは筋肉痛の体で思う。男一人に肩を貸し森から歩くのはそれなりに重労働で、朝から身体中が痛いのだ。
「そういえばミオは幾つなの?」
さらりと聞かれ、ミオは手を止める。
今聞くか、とジト目で見るもリズは首を傾げる。
「私より年下よね」
「リズって何歳?」
「二十二歳よ」
危うく生卵を握り潰しそうになる。若い。自分とさほど変わらないかと思っていたのに。そうか、二十二歳か。老けてないか?
「……十歳」
「えっ?」
「だから、三十歳よ」
不貞腐れ答えれば、ジークが素直に固まった。素直すぎるのも問題だ。失礼な、女は年齢じゃないんだぞ。
リズはちょっと首を傾げたあと、そうだ、と何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。
「それはミオの世界での歳よね。だとしたら……」
そのタイミングでカラリとドアベルがなった。
ミオは話途中でごめんね、と言い入り口へ向かうと今朝一番の客を席へ案内する。
それを見ながら、ジークがリズに話の続きを促した。
「さっきの話ですが、ミオさんの世界とこっちでは歳の数え方が違うのですか?」
「うーん、おばあちゃんの話では一年の日数が違うとか」
「じゃ、こっちだとミオさんは幾つになるんですか? リズさんと変わらないように見えるんですけれど」
丸い目に、どちらかといえば丸顔のミオは実年齢よりも若く見える。さらに異世界では歳の数え方が違うので、ジークやリズから見ればミオは十代に見えていた。
それが三十歳だというのだから、信じられないと目を丸くするのも仕方がないわけで。
「えーと、そうね。……二十三、四歳じゃないかしら」
多少誤差はあるかも、と付け足す。
それを聞いて、ジークは知らず頬を緩めた。
(あら、あらあら)
ミオを目で追うジークを見て、リズはニマニマ。若いっていいわね、と思っていると再びドアベルが鳴った。
「失礼します。こちらで騎士を保護してくださっていると聞いたのですが」
張りのある(二日酔いではない)低音が入り口から聞こえ、騎士が一人はいってきた。黒髪に灰色の瞳をした大柄な騎士で、ジークがそれを見て慌てて立ち上がる。
「ドイル隊長、ご心配お掛けしました」
「リズから手紙は貰っている。熱は下がったのか?」
「はい、もう平気です」
ドイルはジークを見たあと、リズに視線を向ける。
「連絡をくれたこと礼を言う」
「大したことはしていない」
よっ、と言った感じでリズが手を上げる。どうやら二人は知り合いのようだ、とミオが見ているとドイルがミオに視線を移す。
「部下が世話をかけた。今度改めて謝礼をさせて貰う」
「そんな、いいです。大したことはしていません」
目つきの鋭さと頬の傷に少したじろぐも、ドイルの態度は紳士的。ミオは胸の前で手を振りとんでもない、と伝えた。
「ジーク、その怪我なら馬には乗れないだろう。荷車を引いてきて良かった」
ドイルはズボンに付着した血液を見て眉間に皺を寄せるも、すぐにあれ、と目を瞬かせる。大怪我をしているはずのジークが一人で立っている。さっきだってドイルを見るなり立ち上がったではないか。
その視線に気づき、ジークがズボンを捲る。
「あぁ、この血痕ですか。大丈夫です、この通りもう殆ど治りました」
ほら、とジークが片足で飛ぶものだからドイルはますます目を瞬《しば》たかせる。いったいどう言うことだ。説明しろ、と鋭い眼光でリズを見れば、リズは得意げにミオを指差した。
「神の気まぐれよ」