異世界ハーブ店、始めました。〜ハーブの効き目が規格外なのは、気のせいでしょうか〜
ミオの感覚では十八歳は子供だ。なにせ一回りも歳が違う。この国の成人が十六歳だと聞き納得はするも違和感は残る。
運ばれてきたエールとジュースで乾杯すると、ジークは半ばやけのように一気にそれを飲みすぐにおかわりを頼んだ。
「ジーク、そんなに急に飲んじゃ駄目よ」
「……」
「はははっは」
「くっくく」
ついつい、母親口調になれば、ジークは口を尖らせエドは腹を抱えて笑い出した。ドイルは口元を手で隠しているけれど、肩は揺れている。
「ミオ、俺は子供じゃないんだ。エールぐらいで酔わない」
実際この中で酒が一番強いのはジーク。彼がエールごときに酔うはずがない、それを知っているだけに向いの席に座る二人は尚更面白そうにミオとジークのやり取りを見ている。
「なるほど。まあ、確かにジークはガキっぽいところがあるからな」
エドがニマニマとジークを見る。隊長もうんうん、と頷くのでジークはさらに口を尖らせた。
「隊長まで。そんなことありません」
「ミオちゃん。ジークはすっごく山の中で育ったんだ。酪農をして暮らし、成人すると直ぐに騎士団に入って寮暮らしをしている。だから女性にはことごとく不慣れなんだ。気が利かないだろうけど、悪気はないから」
なるほど、とミオは頷く。見知らぬ人からの飲み物をあっさり口に入れたり、女性に誤解されるような態度をとるのはそのせいか、と納得した。
ふんふん、と聞くミオの顔はまるで姉のようで、ドイルとエドは(これは先は長いな)と確信した。つまりは長く楽しめそうだと。
「ま、ジークの話はそれぐらいにして、ミオ、何でも食べれるなら適当に注文していいか?」
「はい、お願いします」
ドイルが手を上げ幾つかの料理を注文し、エールも二杯追加した。知らぬ間にドイルとエドのエールも四分の一ほどしか残っていない。
「それで、軟膏はいつできそうかな?」
「ハーブの下準備に二週間かかるので、半月後にはお持ちできると思います」
ミオは鞄から缶を取り出し、この大きさで十個作る予定だとドイルに説明する。
ジークは隣に座るミオの腕を軽くつつくと、小さな声で話しかけた。
「わざわざ騎士団まで持って来なくても、俺が届けるよ」
「ありがとう。でも、買い取ってもらう訳だから私が訪ねるべきだと思う。お邪魔だったら止めておくけど、騎士団は私が行っても大丈夫な場所かしら?」
「時々騎士の家族や村人が差し入れに来るぐらい開けた場所だよ。一日二本だけれど辻馬車も走っている」
「じゃ、それに乗っていくわ」
辻馬車の乗り方は覚えたし、今度は町とは違う方向にも行ってみたい。もしかすると、自生したハーブを見つけられるかも知れないし。
(プランターで育てていたハーブは庭に移したけれど、全部のハーブがあるわけではないし)
開店に向けハーブは沢山仕入れていたのでまだ在庫切れはしていないけれど、これからハーブをどうやって手に入れるかを考えなければ、死活問題だ。
でも、ここで一つ気になることが。
(そういえばリズは、騎士たちは魔物が国境を超えないよう守っていると言っていたっけ)
だとすれば、国境付近まで行くのは危険なのではないだろうか。いくらハーブのためとはいえ、魔物との遭遇は避けたい。
「あの、ドイル隊長、国境付近では魔物がよく出るのですか?」
「何、大したことはない。五日に一度程度だ」
「……五日に一度」
ドイルの言葉にミオの顔が青ざめる。魔物はミオにとって日常の産物ではない。
「ミオちゃん、大丈夫大丈夫。大抵弱い奴だから」
「……大抵」
「でも、ひと月前のドラゴンはびっくりしたよな。俺もエドも見たのは初めてだけれど、ドイル隊長は何度も見ているんですよね」
「……ドラゴン」
何だそれ。安全なのか。やっぱり行くのやめようかなとミオは思う。
そしてエドが、ジークのことを気が利かないと評したのはこういうところだ。せっかくフォローしたのに怖がらせてどうすると、エドは半目でジークを見た。
「昔はあんなのがゴロゴロいたからな。しかし、仕留め損ねたのが悔しい。以前は俺一人でもやれたんだが」
ドイルの言葉に、今度はジークとエドが青ざめた。ドラゴンは、通常騎士三十人が束になって敵うかどうか。それを一人でできると言い切ったのだ。
見れば体格もこの中で一際大きい。ジークだってエドだって長身だし鍛えられているのが服の上からでも分かる。しかし、ドイルは別格。太い首に分厚い胸板、まさしく百戦錬磨の戦士だ。
「ちなみに、国境を守る騎士は何人いるのですか?」
「五十人ぐらいかな」
「それだけで大丈夫ですか?」
素人ながらにもっと人員が必要なのでは、と思ってしまう。せめて倍、いや、三倍はいて欲しい。
「そんなに不安な顔をしなくても大丈夫だ。ニ年前まで魔物はうようよいたが、勇者が魔王を倒してから強い魔物は滅多に現れない。ジークやエドは若いから魔物と戦った経験は少ないが、ベテラン騎士にしてみれば時々現れる小物など手慣れた狩りと同様。そう心配することはない。町も穏やかだろう?」
「……はい。活気があって治安も良いように思いました」
ミオの店に毎朝二日酔いの客がわんさかやってくるのも、考えようによっては平和な証かも知れない。それにこの二年間、問題なかったからこの体制なわけで。それなら大丈夫だろうと思うことにした。
「はい、料理お待たせ」
ミオがホッとしたところで女将さんが両手いっぱいに料理を持ってきてくれた。はい、はい、と次々テーブルに乗せていき、あっと言う間にテーブルはお皿でぎゅうぎゅうに。グラスの置き場所を探すのにも一苦労だ。しかしこれらの料理、と澪は並べられた皿を見る。
(お肉ばっかり)
脳筋にはバランスよく食べるという思考回路はないらしい。テーブルがほぼ茶色の料理で埋めつくされている。一口大の大きさの煮込まれた肉が幾つも入った器や骨つき肉のフライ、大きなソーセージに厚切り肉がどん!見ただけでアラサーは胃もたれがしてくる。
さらに「肉ばっかり食べてないで。これは国境を守ってくれているお礼よ」と女将が置いていったのは魚のフリッターだった。なぜ。
「さあ、食べよう。ミオも遠慮するな」
「……はい」
食べ切れるかな、とミオは食べる前からお腹をさする。でも、ジークはそんな様子に気づくことなく、嬉々として皆に肉を取り分け皿を配っていく。マメである。そして女性心にはてんで疎いようだ。