異世界ハーブ店、始めました。〜ハーブの効き目が規格外なのは、気のせいでしょうか〜
異世界の洗礼
リズの店で食事したミオは、ドイルの馬に乗せてもらい帰宅した。リズはというと、辻馬車がなかったので歩いて帰宅だ。
次の日は店の定休日。
異世界に来てからは休日だからと言って昼まで寝ることはない。
窓を開けると、朝にも関わらず既に太陽は眩しく真夏の気配を感じる。
「フーロに頼んでもエアコンは使えないのよね」
がっかりしながら壁に張り付いた四角い物体を恨めしそうに眺める。
他の家電と一緒に見て貰ったけれど、これは何? と言われる始末。それならばと、扇風機を引っ張り出すと、これなら知っているとフーロは親指を立てた。オーソドックスな丸い面に羽が三枚ついたそれは洒落っ気より価格に引かれて買ったものだった。
扇風機が必要なほど暑くなるかはさておき、今日は洗濯日和だとシーツを洗い、布団を干す。こんなことするの何年ぶりかと思いながら、ちょっとは生活力がついたと得意げに鼻歌が混じる。
一仕事終えた気分でミント水を沢山作り冷蔵庫で冷やし、パンと残り物で昼食を済ませた頃、店の前に馬の蹄と車輪の音が聞こえ止まる。今日は定休日だけれど、知らず来てくれたのならお詫びの一言でも言おうかと扉を少し開け顔を出すと、馬車から降りたばかりのベニーが駆け寄ってきた。
「ミオ、ごめんなさい! 昨日のこと謝りに来たんだ」
唐突に言われ目をパチリとしつつ、意図が分かりミオは口元を綻ばせる。不安そうに自分を見つめるエメラルドのような瞳に、しゃがみ視線がを和せるとにこりと微笑んだ。
「気にしないでください。ベニー様はあのあと怒られませんでしたか?」
「僕は怒られなかったけれど、お母様とお父様は喧嘩していた。ねぇ、あのハーブティー、お母様のお腹にいる赤ちゃんの毒になるの?」
「なりません。絶対にならない、だから大丈夫です」
ミオが強く否定すると、ベニーはホッと息を吐いた。力んでいた肩の力が抜けたところを見ると、ここまで随分不安な気持ちで来たのだろう。
「兎に角、中にどうぞ。あれ、そちらの方は?」
立ち上がった目線の先に、十代半ばほどの可愛らしい少女が立っている。カーサスやベニーと同じ翠色の瞳をした彼女は、軽く会釈をしながらこちらにやってきた。
「初めまして、カーサスの妹のサザリンと申します。兄の無礼を詫びに参りました」
見た目よりもずっと落ち着いた雰囲気で少女は深々と頭を下げた。
ミオの方が慌て胸の前で手をひらひらと振る。
「わざわざお越しいただきありがとうございます。こちらこそ、お騒がせして申し訳ありません。それから、昨日お出ししたハーブティーがマーガレット様を害することはありませんので、ご安心ください」
「はい。義姉にもそのように伝えます。それで、兄のことについて弁解の機を与えて頂ければと思うのですが」
「そのことでしたら、ご事情はとある方から聞いて知っています。昔、ハーブティーを飲んでお腹の中にいたお子様を失った方がいるとか。……あの、今日は暑いですしどうぞ店に入ってください」
ミオは扉を大きく開け二人を店内に案内することに。
湿気が少ないので、日差しが遮られるだけでも随分過ごしやすくなる。
カウンター席に案内した二人によく冷えたミント水を渡すと、昨日持って行ったラズベリーリーフとセージのハーブをテーブルに置いた。
「こちらが昨日マーガレット様が飲まれたハーブ、もう一方が堕胎効果のあるハーブです。恐らくご先祖様はセージのハーブティーを飲まれたのだと思います」
サザリンは瓶を手に取り中身を覗き見る。パッと見どちらも枯れ草。だけれども形状は違う。
ミオは一通りハーブについて説明したところで切り出した。
「あの、私が聞いた話によるとサーガスト様がハーブ畑を管理されているとか」
「ええ。この近くだと村と騎士団の間にある森の中にあると聞いています。そらから、『神の気まぐれ』が住んでおられた川上にも」
「そこのハーブを採取させて頂くことはできませんか?」
唐突すぎる言い方だと自覚しつつも、サーガスト家の人間と口を聞く機会など今後ないかも知れない。ミオはこの機を流すまいと頼むことに。しかし。
「申し訳ありません、私の一存でそれはできないです。でもベニーの話やミオさんの説明を聞いてハーブが危険なものではないと理解しました。ベニーはやんちゃですが、嘘はつかないんです。少し時間がかかると思いますが、私から機会をみて兄と話をしてみます」
「ありがとうございます。実は手持ちのハーブが少なくなってきて新たに採取したいのです」
「それはお困りですね」
ミオはこくんと頷く。このままでは遅かれ早かれ店をたたまなくてはいけない。
「サザリンさん、迷惑でなければラズベリーリーフを持って帰られませんか?」
「いいんですか? さきほどハーブが残り少ないと仰っていましたが」
「これは大丈夫です。すぐそこの森にラズベリーの木があるので採取できます。ラズベリージャムも作りたいですし、よければ今から一緒に行きませんか?」
そう誘ったのは、ハーブが身近なものだと知ってもらいたいから。
ちょっと日差しが強いのが気にはなるけれど、森に入れば木陰もある。
ベニーが興味を示したこともあり、三人はさっそく森へと出かけることに。
念のため暑さ対策として沢山作ったミント水も水筒に入れ持っていく。
ジークが来た時のことも考え扉に「森に行ってきます」とメモも残しておいた。スペルのチェックはサザリンがしてくれたので問題ないはずだ。