異世界ハーブ店、始めました。〜ハーブの効き目が規格外なのは、気のせいでしょうか〜
店の扉を閉めると、ミオはふぅ、と息を吐く。
ジーク曰く、こんな扉では魔物を防ぐ盾にならないらしいが、それでも野晒しより幾分か安心はするもので。
「ドイル隊長はもう一人騎士を向かわすって言ってくれたけれど、どうやって連絡をとっているの?」
「隊長と小隊長の間を伝書鳩が飛んでいる。近くの隊に連絡がいっているはずだ」
そこは昔ながらの手段らしい。うっかり伝書鳩が食べられることはないのかと聞けば、俊敏だからほぼ問題なく機能すると答えが返ってきた。ほぼがちょっと心配になる。
しかし、ジークもいるし勇者もいる。ここは自分の責務を果たそうと、ミオはリュックを下ろし口を縛っていた紐を解く。
「ジーク、上の棚からボールをあるだけ出して。それからトレーも」
手渡されたボールに水を張り、その中にカレンデュラを入れ花弁を潰さないよう丁寧に水で汚れを落とす。使うのは花びらだけ。
洗い終わったらしっかり水気を切り、花弁を一枚一枚手で千切り布巾を敷いたバレットに並べる。その上からさらに布巾で挟み水分をしっかりと取った。
「本当は乾燥させたカレンデュラを使いたいけれど、時間がないからこのまま使いましょう」
うまくいくか少々不安だけれど、そこは「神の気まぐれ」の力で何となるだろうと前向きに考ることに。
「ミオ、俺、何を作っているのか分からないんだけれど」
オレンジの花びらをプチプチ千切りながらもジークは警戒を解いていない。視線があちこちに飛び、店の外の気配にも気を配っている。
「軟膏よ。ヤロウで作ったのと基本的には同じ作り方。蜜蝋もあるし、容器は……」
と、そこで手が止まる。本来ならジークが空き缶を持ってきてくれる予定だったけれど、突然の襲撃ゆえ今ここにはない。
それなら、とハーブが並ぶ棚の下の扉を開け、空の瓶を取り出した。高さ二十センチほど、普段はドライハーブを入れるのに使っている瓶だ。
「これを使いましょう。騎士団には乱雑に扱っても割れないよう缶を使ったけれど、瓶でも保存期間は変わらないわ」
煮沸消毒をしようと大きな鍋を取り出すミオに、ジークは戸惑いがちに声をかける。
「でも、ヤロウ軟膏は作るのに二週間もかかっただろう? サザリン様の火傷を見るとそんな悠長なこと言っていられないんじゃないか」
あれだけの火傷、しかもドラゴンの炎となれば痛みは通常の五倍以上。冷やしてもケロイド状になり跡が残るのは避けられない。
「二週は、侵出油を作るのにかかった時間よ。蜜蝋と混ぜ固めるのは半日で出来たでしよ」
「それはそうだが……」
侵出油さえ作ってしまえば、軟膏状にするのにさほど時間はかからない。溶かして固めるだけなのだから。
「今回は強行突破、一時間でカレンデュラオイルを作る!」
「えっ、一時間? いやいや、無理だろ。どんな魔法を使う気なんだ」
二週間を一時間。あり得ないだろう。
そんな短縮して効果はあるのかとジークが不安そうに眉根を寄せる。
しかしミオには考えがあるようで。
煮沸を終えた瓶に、カレンデュラの花びらと植物油を注いでいく。半透明の液体にオレンジ色の花弁が舞い、こんな状況でなければ綺麗だと眺めていたくなる。
「この瓶を湯煎するの。そうだ、煮沸した湯を再利用しましょう、一から沸かすより時間が短縮できるわ。ジーク、鍋の湯を三分の二ぐらい捨てくれない?」
「あ、あぁ。分かった」
いったい何をする気なのかと思いつつ、たっぷりと湯が入った鍋を軽々と掴み上げ、瓶が十センチほど浸かる量になるよう湯をシンクに捨てた。
「今回は、カレンデュラと植物油を混ぜ湯煎するの。そうすれば一時間ほどで成分を浴出することができる」
「そんなことが可能なのか?」
「ええ。でも火加減をずっと見ていなきゃいけないから結構手間なのよ。時間はかかるけれど、ほぼ放置でいいヤロウ軟膏の作り方の方が楽だわ」
ヤロウ軟膏は試作品でもあり、急ぐ必要が無かったから手間がかからない方法で作ったけれど、今回はそんなこと言っていられない。
鍋の底に瓶を四本並べる。一度に出来るのはこれが限界。カレンデュラの量から考えて十二本はできそうだ。
「悪い遅くなった、問題なかったか?」
カラリと鳴るドアベルの音と一緒にエドが現れた。赤色の癖毛がところどころ血で額に張り付いていて、ミオはギョッと目を見開く。
「こっちは無事だ」
「……なんだか平和な光景だな。いや、火傷の薬を使っているのは知っているけれど。よかったら持ち場、変わるか?」
「断る。不器用で大雑把なお前に任せられるか」
「ちぇ、なんかいいとこ取りしてないか。リーガドイズ様にも会ったんだろう」
「あぁ、また命を救って貰った」
ジークが小さく微笑むと、エドは真剣な顔で頷いた。
「生きていて良かった。ミオちゃんも怪我はなさそうだね。外は任せておいて、俺強いから」
「俺の方が強い」
「いや、張り合うならお前が表を見ろよ」
ここで俺を牽制するな、とエドは胡乱な目でジーク一瞥すると「じゃあな」と手をひらひらさせながら扉から出ていった。
エドのお陰でジークが作業に集中できるようになったので、作業を分担することに。ミオが侵出油を作り、ジークはそれを蜜蝋と混ぜ空の瓶に流し込む。
瓶が全て一杯になったのは日付も変わるころ。途中、魔物の叫びが何度か遠くから聞こえたけれど、朝までに全ての魔物は退治された。