お嬢様は“いけないコト”がしたい
幸治君に抱き締められながらそう言われ凄くドキドキとした。
違和感だらけの両足を感じながら、私も幸治君のことを抱き締め返す。



「私も奥さんになったら幸治君のことが独占したくなってきたよ?」



「そうなんですか?」



「さっきぬいぐるみを買ったお店の店員さんに爽やかに笑ってた。
若くて可愛いらしい子にあんなに爽やかに笑ってた。」



「何百万のスニーカーを買えるとか大きな声で“いけないコト”を言っちゃいましたし、もう会うこともない人ですし、一美さんが俺の奥さんっていうことも誰かに言いたかったので。」



幸治君の言葉を、すぐ近くにある椅子に置かれたブランドの鞄を眺めながら聞く。
その椅子の前には私が履いていた高いヒールの靴。



違和感だらけのスニーカーを履いた両足。



私は生粋のお嬢様なのだと嫌でも実感する。



スニーカーでは歩くことが出来ないくらいの生粋のお嬢様なのだと。



でも・・・



今だけは・・・



「幸治君が私の旦那さんだって、私も誰かに言いたいな・・・。」



“普通の一美”の旦那さん、“普通の幸治君”をギュッと抱き締めた。



そんな私達の姿をブランドのバッグの隣に置いたブタちゃんネコが静かに見てくれている。



旦那さんになった幸治君が初めてプレゼントをしてくれたブタちゃんネコが。



普通や普通以上に可愛い“普通”のぬいぐるみ達の中、なんでか1つだけ“普通”ではなかったぬいぐるみ。



お嬢様の私が選ぶことは許されないようなぬいぐるみ。



だから特に惹かれたのかもしれない。



だって、私はずっと“いけないコト”がしたかった。



親戚の他の女の子達のように、私も本当は“いけないコト”がしたいと思っていた。



「歩けないならスニーカーはいりませんよね?
早く帰って気持ち良い“いけないコト”をして、俺の奥さんを独占したいんですけどいいですか?」



頷いた私の手を引き、幸治君はいつもよりも少し早足で歩いていく。
高いヒールの靴を履いていても私はその速さについていける。



ヒールが高いだけではなく値段までも高いこの靴。
普通の靴屋さんで試着をしたスニーカーではまともに歩くことも出来なかったけれど、この靴なら私は何処までも歩けるし何処までも翔ていけるしどんな冒険にも行けそうなくらいだった。



それくらいだった。



私はそれくらいのお嬢様だった。



そう思いながらブタちゃんネコを抱き締める。



“中華料理屋 安部”のティーシャツ、幸治君から借りたハーフパンツ、セットもしていない髪の毛とスッピンで。



お嬢様の私は今、お休み中。



いつか必ずお嬢様に戻れるよう、ブランドのバッグには必要なお金を詰め、高いヒールの靴はそのままでお休みの日を過ごすから・・・。



だから今は“普通の一美”を満喫する。



“普通の幸治君”の奥さん、“普通の一美”を。
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