お嬢様は“いけないコト”がしたい
「美味しいラーメンと可愛いハンカチ、それにバーでのお酒までありがとう。
凄く楽しい誕生日だった。」



そう伝えてから、鞄の中に入れていた封筒を取り出して幸治君のスマホの上に置いた。
まだ私にスマホを向けているその上に。



「これ、商品券。
私の誕生日に付き合ってくれたお礼ね?
借金があるのに私にプレゼントなんてあげたらダメだよ、お金は大切に使わないと。」



数時間前にお父さんがプレゼントとしてくれた商品券の束が入っている封筒を置き、最後に幸治君に笑い掛ける。



「なんか、ごめんね?」



そう謝ってから急いで駅の方を振り向いた。



そしてその勢いのまま歩きだそうとしたら・・・



「羽鳥さん。」



幸治君が静かに私の名字を呼んだ。



私の24歳の誕生日の日、お父さんとお母さんが離婚をして小関から羽鳥と名乗ることになった私の名字を。



増田財閥の人間ではなく、羽鳥一美にもなれることが出来る私の名字を。



そんな私の名字を呼んだ幸治君にゆっくりと振り返る。



さっきは駅で私が幸治君を呼び止めたけれど、今度は私が幸治君に振り向く。



そしたら・・・



幸治君が凄く怒った顔をしている。



凄く凄く怒った顔をしていて・・・



「商品券もお金ですからね?
誰が見ているかも分からないこんな場所で、こんな風に簡単に俺に渡していい物ではありませんから。」



そう言って、物凄く怒りながら商品券が入った封筒を私に突き返してきた。



「あと2時間、羽鳥さんが“いけないコト”をするのに俺が付き合いますから。
だから今すぐこれを鞄の中に仕舞ってください。」



怒り続けながらそう言って、私に背中を向けた。



スーツ姿の背中を・・・。



「俺の住むマンション、こっちなので。」



幸治君の背中がそう言ってきて、私は慌てて封筒を鞄に入れ幸治君の背中を追った。



やけに早足で進んでいく幸治君の背中に置いていかれないよう、見失うことがないよう、必死に両足を動かした。



こんなに酔っ払っていたのかと驚くくらいおぼつかない足を動かしていく。



7歳も8歳も年下で、高卒で借金まである男の子の背中を追いかける。
借金があるのに高級なスーツを身に付けている幸治君は、何度もブランド物の腕時計を確認しながら早足で歩いていく。



おぼつかない足を必死に動かしていると、幸治君がパッと私に振り向いてきた。



そして・・・



タオルハンカチを持つ私の右手に手を伸ばしてきて・・・



私の右手をタオルハンカチごと幸治君の大きな手が包んできた。



それには驚いていると、幸治君はまたすぐに前を向き歩き始めた。
今度は私の右手を引きながら。



「あと2時間で羽鳥さんの誕生日の日が終わりますので急いで下さい。
あと2時間しかありませんから。」
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