お嬢様は“いけないコト”がしたい
住宅街にある小さな中華料理屋。
古い建物の1階部分にあるお世辞にも綺麗ともお洒落とも言えない狭い内観。
1杯650円の醤油ラーメンを食べに、高校生の男の子に会いに、あのお店に頻繁に通うなんてお嬢様はしてはいけなかった。



私は“いけないコト”をたった1つだけしていた。



あのお店の中にいる時だけは、私は“羽鳥さん”だった。



増田財閥の分家の女として生きた“小関一美”ではなく、私は“羽鳥さん”だった。



お父さんとお母さんが離婚をして新しい名前になった“羽鳥一美”でもなく、ただの“羽鳥さん”。



私をただの“羽鳥さん”にしてくれていた幸治君の横顔を眺め続ける。



約2年前に1度だけ会った時よりもまた一段と大人の男の人になった幸治君の横顔を。



多感な中学生の頃からきっと他の子達の何倍も苦労し、定時制の高校に通い、高校生なのにご両親が営んでいたお店を継ぎ、下のきょうだいの為にスマホを持つこともなく頑張ってきた幸治君。



今では高級なスーツとブランド物の腕時計を身に付け、高級マンションに住んでいるのに借金まであるという幸治君。



そんな2人の“幸治君”の姿を重ねながら私は言った。



出会った時から綺麗で正しいお嬢様の姿なんて1度も見せたことがない私が、言う。



ただの“羽鳥さん”として言う。



「私の誕生日はあと1時間ちょっとで終わる。
幸治君・・・。」



苦しいくらいにドキドキする胸、膝に広げた幸治君からプレゼントして貰ったタオルハンカチを両手で強く握り締めながら言う。



「私と“いけないコト”をして欲しい・・・。
幸治君、付き合って・・・。
異性と“いけないコト”をする私の相手として、幸治君が付き合って・・・。」
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