お嬢様は“いけないコト”がしたい
「分からない・・・。
なんでか凄く泣ける・・・。
お化粧落ちちゃう・・・。」



「わざわざ言いませんでしたけど、結構前から汚く落ちてましたよ?」



「・・・そうだろうなと思ってたもん。」



「そういう時は化粧直しをした方がいいですよ。」



「でも、洗面所まで長くお借りするのは良くないだろうし、それに他の人のお家でお化粧直しをするのも良くないだろうし・・・。」



私の言葉に幸治君は楽しそうに笑いながら、私の頬から大きくて熱い手を離した。
それがなんでか“苦しい”と思いながら幸治君を見上げ続けていると、幸治君が真剣な顔で私を見詰めた。



「生粋のお嬢様すぎますよ、羽鳥さん。」



「うん・・・。」



「俺の連絡先、忘れちゃいましたか?」



「うん、忘れちゃった・・・。」



「お嬢様の羽鳥さんがどうやって今日から1人で“いけないコト”をしていくんですか?」



そう言われ、それには思わず下を向いた。



そしたら、見えた。



私の両手は幸治君がプレゼントしてくれたタオルハンカチを握り締めている。



強く強く、握り締めている。



それを眺めていたら私の涙がポタポタと地面に落ちていくのまで見えてしまった。



ヒールの靴を履いた私の両足、私の両足のすぐ前にある幸治君のピカピカな革靴、そして幸治君からプレゼントして貰ったタオルハンカチ。



夏の夜の中、それだけが視界に入っている。



それだけを視界に入れながら泣いている。



何も言えなかった。



何も幸治君に言えない。



なんでか声が出てこなくて。



幸治君には何でも言えるはずなのに、なんでか声が出てこない。



“苦しい”と思いながら呼吸を繰り返していたら・・・



そしたら・・・



「俺の連絡先を忘れたなら、ココ・・・住みます?」



そんな言葉を私の頭の上から掛けてきた。
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