お嬢様は“いけないコト”がしたい
福富さんのその話には苦笑いになる。



「あれは解放されているというか・・・。
みんな本当は増田に戻りたいのに譲(ゆずる)社長・・・社長の長男の方が戻ることを許してくれていないんだよね。
お金の重みをちゃんと理解し使い物にならない限り、増田の名前が通用しない永家財閥に出向されたままなの。」



「めっちゃ怖いらしいですからね、譲社長って!!
羽鳥さんも永家財閥に出向してたんですか?」



「うん、2ヶ月。」



「「みじか・・・っ!!」」



2人のリアクションにはまた笑い、たった2ヶ月だった永家不動産で働いていた時のことを思い出す。



「永家不動産で土地と建物の売買営業をしてて、凄く大変だったけど凄く楽しかった。
増田ホールディングスでは管理部門の仕事の経験しかない私にとって、お金を本当の意味で稼ぐということを知れて嬉しかった。
それに・・・」



言葉を切った後、幸治君からプレゼントで貰ったタオルハンカチをデスクの見える所に置いた。



「増田財閥の羽鳥一美ではなく、永家不動産の羽鳥一美として出来ることをしてきた。」



そう言ってから、パソコンの電源を入れた。
今日も増田財閥のお金を1円でも大切にする為、経理の仕事を始める。



「ちなみに、どこに引っ越したんですか~?」



福富さんから軽い感じで聞かれたので軽い感じで幸治君と一緒に住み始めた街を答えると・・・



「え、あそこって人が住める建物があるんですか?
めっちゃオフィス街じゃないですか。」



福富さんのそんな返事には、またいつものように笑ってしまった。



でも、いつものようにではないかもしれない・・・。



いつもよりも大きく笑ってしまったような気がするから。



お嬢様がする笑い方ではなく、大きな声で。



“いけないコト”をしてしまった気がして、“嬉しい”と思えた。



“楽しい”と思えた。



先週の金曜日までと変わらない会社の中なはずなのに、今日はこんなにも違って見えた。



なんでか、世界がこんなにも違って感じた。



幸治君からプレゼントで貰ったタオルハンカチを眺めていると、今朝玄関で見送ったスーツ姿の幸治君の姿が思い浮かんだ。
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