お嬢様は“いけないコト”がしたい
─────────────
─────────
─────
8月25日、24歳の誕生日
土曜日、“一美の誕生日だから”と、お父さんとお母さんが初めてデートをしたというレストランで3人でランチを食べた。
お父さんは増田財閥の分家の男、そしてお母さんはアパレルメーカー“Hatori”の娘。
増田財閥に“Hatori”を合併させる際、お父さんとお母さんは政略結婚をした。
でも、お父さんとお母さんの仲はとても良好で。
それは“家族”の仲としても、そして“異性”の仲としても。
お兄ちゃんと私が2人を見ていて恥ずかしくなるくらい、2人はとても仲良しだった。
「気持ち悪い・・・。」
車の後部座席、事故で渋滞していた高速道路を下りしばらく走っていた時に入った、静かな住宅街を眺めながら呟いた。
お父さんはその後に仕事があった為、いない。
お父さんはいなくなってしまった。
別れる際、“もう何を買ったらいいのか分からないから”と、私に50万円分の商品券が入っているという封筒を手渡し、いなくなってしまった。
「停められそうな場所で停まりますね。」
小関の家の秘書である加藤さんがそう言ってくれ、しばらくしてから車が静かに停まった。
それから車を出て私の方に回ってきて、扉を静かに開けてくれた。
私は気持ち悪い胸を押さえながらゆっくりと車を出た。
8月後半とはいえまだまだ暑い。
夏の空気を必死に吸うけれど、“苦しい”と思った。
空気がとても重くて、“苦しい”と思った。
「何処かで休んでいく?」
お母さんが私の背中を擦りながらそう言ってきて、加藤さんに「お店に連絡して」と行きつけのお店を指定している。
でも、「ここからしばらく掛かりますよ」と返事をされていて、ここから近いという他のお店をお母さんにいくつか提案していた。
2人の会話を聞いていてどんどん苦しくなってくる。
気持ち悪いくらいに苦しくなってくる。
「あそこで休ませて貰おう?」
苦しい胸を押さえながら私は指を差した。
すぐ近くにある古くて小さな建物、その1階にあるお店。
赤い看板に紺色の文字で“中華料理屋 安部”と書かれているお店。
「あそこ・・・?」
お母さんが戸惑っている声が聞こえたけれど、私は苦しすぎて、気持ち悪すぎて、ヒールの靴と今日の為に買った“Hatori”の傘下のブランドのワンピースを着た姿で、フラフラと“中華料理屋 安部”へと歩いた。
「また来るからな!!
レストランの予約の件、お父さんによろしく言っておいて!!」
歩いている途中でそのお店から年配のお客さんが出て来た。
お客さんは扉を横に引きながら中に向かってそう言っていて、中からは「はい!!」と元気な返事が聞こえた。
勢いよく閉めた扉を背中にそのお客さんは上機嫌で歩いていく。
それを何となく眺めながら、私は“中華料理屋 安部”の扉の前に立った。
そして、扉に手を掛けた。
押すでもなく引くでもなく、横に開けるらしい扉に。
いつもお店に入る時は扉を誰かが開けてくれていた。
でも、こんなに苦しくてこんなに気持ち悪い。
一刻も早く休みたかった。
一刻も早く楽になりたかった。
自分の中でそう言い訳をして、自分でこのお店の扉を・・・
“中華料理屋 安部”の扉を、静かに横に開けた。
─────────
─────
8月25日、24歳の誕生日
土曜日、“一美の誕生日だから”と、お父さんとお母さんが初めてデートをしたというレストランで3人でランチを食べた。
お父さんは増田財閥の分家の男、そしてお母さんはアパレルメーカー“Hatori”の娘。
増田財閥に“Hatori”を合併させる際、お父さんとお母さんは政略結婚をした。
でも、お父さんとお母さんの仲はとても良好で。
それは“家族”の仲としても、そして“異性”の仲としても。
お兄ちゃんと私が2人を見ていて恥ずかしくなるくらい、2人はとても仲良しだった。
「気持ち悪い・・・。」
車の後部座席、事故で渋滞していた高速道路を下りしばらく走っていた時に入った、静かな住宅街を眺めながら呟いた。
お父さんはその後に仕事があった為、いない。
お父さんはいなくなってしまった。
別れる際、“もう何を買ったらいいのか分からないから”と、私に50万円分の商品券が入っているという封筒を手渡し、いなくなってしまった。
「停められそうな場所で停まりますね。」
小関の家の秘書である加藤さんがそう言ってくれ、しばらくしてから車が静かに停まった。
それから車を出て私の方に回ってきて、扉を静かに開けてくれた。
私は気持ち悪い胸を押さえながらゆっくりと車を出た。
8月後半とはいえまだまだ暑い。
夏の空気を必死に吸うけれど、“苦しい”と思った。
空気がとても重くて、“苦しい”と思った。
「何処かで休んでいく?」
お母さんが私の背中を擦りながらそう言ってきて、加藤さんに「お店に連絡して」と行きつけのお店を指定している。
でも、「ここからしばらく掛かりますよ」と返事をされていて、ここから近いという他のお店をお母さんにいくつか提案していた。
2人の会話を聞いていてどんどん苦しくなってくる。
気持ち悪いくらいに苦しくなってくる。
「あそこで休ませて貰おう?」
苦しい胸を押さえながら私は指を差した。
すぐ近くにある古くて小さな建物、その1階にあるお店。
赤い看板に紺色の文字で“中華料理屋 安部”と書かれているお店。
「あそこ・・・?」
お母さんが戸惑っている声が聞こえたけれど、私は苦しすぎて、気持ち悪すぎて、ヒールの靴と今日の為に買った“Hatori”の傘下のブランドのワンピースを着た姿で、フラフラと“中華料理屋 安部”へと歩いた。
「また来るからな!!
レストランの予約の件、お父さんによろしく言っておいて!!」
歩いている途中でそのお店から年配のお客さんが出て来た。
お客さんは扉を横に引きながら中に向かってそう言っていて、中からは「はい!!」と元気な返事が聞こえた。
勢いよく閉めた扉を背中にそのお客さんは上機嫌で歩いていく。
それを何となく眺めながら、私は“中華料理屋 安部”の扉の前に立った。
そして、扉に手を掛けた。
押すでもなく引くでもなく、横に開けるらしい扉に。
いつもお店に入る時は扉を誰かが開けてくれていた。
でも、こんなに苦しくてこんなに気持ち悪い。
一刻も早く休みたかった。
一刻も早く楽になりたかった。
自分の中でそう言い訳をして、自分でこのお店の扉を・・・
“中華料理屋 安部”の扉を、静かに横に開けた。