お嬢様は“いけないコト”がしたい
扉を開けた所で立ち止まり店内を見てみると、こんな場所で食事をするのかと驚くような店内で。



お客さんは1人もいない。
いるのはお店の人が1人だけ。
カウンターの向こう側に立っている男性が・・・いや、凄く若い男の子が1人いるだけ。



下を向いて何かをしていて私が来たことには気付かない。
私が初めて扉を開けたお店、でも私のことには気付いてくれず、何も言ってくれない。



それには驚くしかなくて、そしてどうしたら良いのかも分からなくて、思わず一歩後退った。



そしたら・・・



私の後ろを車が走り・・・



ププ───────ッとクラクションの音が響き・・・



「一美さん、お帰りになる際はご連絡下さい。」



運転席の窓から加藤さんがそう言って、静かに車を発進させた。



それを眺めていたら・・・



「いらっしゃい!!」



と、元気な声がお店の中から聞こえてきた。
お店の中に視線を戻すと、眩しいくらいの若さを持つ笑顔でさっきの男の子が私を見ている。



「お好きな席にどうぞ!!」



お店の人から“好きな席に”と言われたこともないので驚くしかなくて、そしてどうしたら良いのかも分からなくて、この場に立ちすくむ。



立ちすくんだ・・・。



「一美、本当にこのお店に入るの?」



お母さんが私の後ろに立ちそんな言葉を掛けてきて、私はお母さんのその言葉を振り切るように一歩、踏み出した。



古くて狭い、“汚い”としか思えないようなお店、“中華料理屋 安部”の中に踏み出した。



自分が選び自分が決め、自分で扉を開いた場所に、自分が先に踏み出した。



初めてだった・・・。



こんなことは初めてだった・・・。



23年間生きてきて、初めてだった・・・。



それを24歳の誕生日の日、私は初めてした。



“いけないコト”をしているような気になる・・・。



私は今、“いけないコト”をしている・・・。



そう思うと、ドキドキとしたし“嬉しい”とも思ったし、でも“苦しい”とも思った。
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