お嬢様は“いけないコト”がしたい
吐き出しても苦しいままで、気持ち悪いままで、私はその場でうずくまるようにまた床に吐き出してしまった。



さっきお父さんとお母さんと一緒に食べたランチ、その全ての量なのか・・・。
それ以上にもあるようにも見えるくらいの量を吐き出してしまい・・・。



なのに・・・



それなのに・・・



まだ苦しくて・・・



まだ気持ち悪くて・・・



胃がひっくり返るくらいに、この身体から何かを吐き出そうとしてくる。



「一美・・・。」



そんな私にお母さんが背中を擦ってくれる。
その手は優しくて、温かくて、その温かさで冷や汗が沢山出ていることに気付く。



涙も嗚咽も鼻水も冷や汗も、更には嘔吐まで・・・。



この胸の気持ちだけではなく、そんなモノまで沢山出てしまって・・・。



“ごめんなさい”



このお店のあの男の子にそう謝りたかったけれど、その謝罪を飲み込んだ。



飲み込んだ。



私は飲み込んでばかりいる。



だって、そうやって育てられた。



増田財閥の分家の女として、そう綺麗に正しく育てられた。



こんなに汚い姿になりながらそんなことを考え、それには胃液まで吐き出しながらも小さく笑った。



そしたら、その時・・・



「向こうにトイレがあるので、娘さんが落ち着いたらこれ、どうぞ。
うちのティーシャツとズボンで申し訳ないですけど。」



男の子の声が聞こえてきて、視界には革靴でもスニーカーでもないような黒い靴が入ってきた。



「ありがとうございます・・・。
その掃除用具をお借り出来ますか?
娘がしてしまった粗相ですので、親の私が処理しますので。」



お母さんのその言葉にはまた涙が流れてくる。



24歳にもなってこんなことをしてしまった。



24歳どころか、記憶にある限りはこんなことをしたことなんてなかったのに、こんなことをしてしまった。



「いえ、嘔吐により感染のリスクも出てきますので俺が掃除します。
手順もありますので変に手を出される方が迷惑です。」



さっきまでは“失礼”だとは思わなかったけれど、この言い方は“失礼”だなとも思った。
お店の中で嘔吐をされ、更にはその処理までしなくてはいけないことに怒っているのだと思った。



まだまだこんなに若い男の子でもある・・・。



「うちは飲食店ですからこういったことはたまにあります。
中学の頃からずっとこの店の手伝いをしてきたのでこんなのには慣れてます。
それよりも娘さんをお願いします。」



優しい声で、そしてしっかりとした声でそう言ってくれ・・・。



「「ありがとうございます・・・。」」



お母さんと声が重なった。



「一美、立てる?」



「・・・立てない。」



「じゃあもう少しその場で座らせて貰おうか。」



お母さんの言葉に頷きながら、少しだけ楽になってきた身体を微かに起こす。



そしたら、見えた。



男の子がマスクをし、手袋のような物をし、床に吐き出してしまった私の汚物を処理していく姿が。



こんなに若い男の子が文句も言わず、優しい言葉まで掛けてくれ処理してくれている姿が。



呆然としながら男の子の横顔を眺めていたら・・・



「親のエゴの押し付けですよね、子どもからすると。」



男の子の横顔が、そう言った。
< 42 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop