お嬢様は“いけないコト”がしたい
土曜日



午前中の電車、扉付近に幸治君と2人で向かい合い、身体を少し近付け合いながら立つ。
そんなに混んでないけれど2人で立って電車に揺られている。



「あ、羽鳥さん。
あそこ空きましたから座りますか?」



そう言われ幸治君が指差す方を見ると、座席が1席だけ空いていて誰も座る様子はない。
幸治君から聞かれ少しだけ悩んだけれど、すぐに首を横に振った。



「大丈夫、このまま立ってるよ。」



「大丈夫ですか?ヒールの高い靴ですし。」



「プライベートの靴だと仕事用の靴よりも高いヒールなんだよね。
その方が足が綺麗に見えるから。
だからスニーカーも欲しくて。」



そう答えてから幸治君のことを見上げる。
電車の中でこんなに近くに立つ幸治君のことを。
幸治君と電車に乗れたことが“嬉しい”と思いながら。



「立ってたい気分だから立ってるよ。」



「じゃあ俺が座ろうかな。」



「・・・それはダメ。
若いんだから立ってなよ。」



「相変わらず意地悪。」



「うん、意地悪でいいもん。」



私の言葉に楽しそうに笑っている幸治君に、もう少しだけ近付いた。
“中華料理屋 安部”のティーシャツ姿でもなく、スーツ姿でもなく、綺麗めな私服姿の幸治君に。



「その洋服も煩くて面倒でヤバい人からのお下がり?」



「そうですね、あの人が若い時に着ていた服を大量にくれました。
オジサンになったから似合わなくなってきたと大騒ぎしながら渡してきて。」



「幸治君に凄く似合ってるよ。
そんなに良い状態の洋服を貰えるなんて嬉しいね。」



「貰った時はそう思ったんですけど、あの人の服を着る為にあの人の体型に寄せていかないといけないのでマジで大変で。
身長がほぼ同だったが故に、スーツや服を同じくらい綺麗に着ないといけなくなって、あの人マジで煩くて面倒でヤバいんですけど。」



「そこまでだと大変だね?
その人、幸治君のこと大好きだね。」



「そうなんですよ・・・。
俺のことも大好きなんですよね。
俺のことも独占してきて、離すつもりなんてないんですよ。」



幸治君が小さな声でそう言って、窓の外を眺めたのが分かった。
分かったけれど、私は幸治君がどんな顔で窓の外を見ているのか確認出来なかった。



「独占されるのは嫌?」



「嫌ではありますけど、あそこまで来ると逆に尊敬しますね。
自分に相当自信があるから出来るんだなと。」



「自信があるからなのか~・・・。」



“31歳になった私は自信なんて何もないな”と。



“やっぱり幸治君のことは独占出来ないし、独占したらいけないな”と。



この会話で何でかそんな考えが思い浮かんできて、私は一歩後ろに下がった。



さっきよりも空いた幸治君との距離を感じ、“苦しい”と思った。



“苦しい”と思った時・・・



電車がグラッと揺れ・・・



“あっ”と思った瞬間・・・



幸治君の片手が私の腰に回ってきた。



真正面から回ってきたので抱き合うような状態になり、それには驚いていると・・・



「離れていかないでください。」



そう言われて・・・



「うん・・・。」



短く返事をして、目の前にある幸治君の肩に少しだけオデコをつけた。



そしたら・・・



キュ───────...と、私の腰に回る幸治君の腕に力が込められたのが分かった。
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