お嬢様は“いけないコト”がしたい
真剣な顔で私のことを見詰め始めた幸治君に笑い掛けながら、私は吐き出していく。



「7歳も年上のお嬢様は、“中華料理屋 安部”のことが大好きだったからね?
その“中華料理屋 安部”が私のことを女として好きだって分かったら、私の“いけないコト”をする相手になりたいと思ってくれているって分かったら、私は我慢出来ないかもしれないって思った。」



大きく瞳を揺らし始めた幸治君。
その瞳には熱が籠っていくようにも見える。



「私は財閥の分家の女であった小関一美、そして財閥の分家の女として生きることを選んだ羽鳥一美。
でも、“中華料理屋 安部”の私はただの“羽鳥さん”だったから。
本当の私を忘れて、お嬢様の私は“中華料理屋 安部”に“いけないコト”をしてしまいそうだった。
私はただの“羽鳥さん”だから我慢出来ないような気がしてた。」



私が握った幸治君の左手、そこに幸治君も力を入れていく。
大きくて熱い手で強く私の右手を握ってくる。



「だから“中華料理屋 安部”のことだけを考えてエゴを押し付けたんじゃないよ?
半分は私の為でもあった。
お嬢様の私の為に、私は“中華料理屋 安部”から離れたの。」



お互いに強く強く手を握り締め合いながら、見詰め合う。



「あの後も何度も何度もお店の近くまで行っちゃって。
その度に何度も何度も自分に言い聞かせて、“中華料理屋 安部”には行かなかった。」



「そうだったんだ・・・。」



「そうだよ?
だから初めて会った時に言ったでしょ?
“私もマジでお嬢様とか無理”って、“お嬢様も凄く大変なんだよ?”って。」



「あんなに大好きだった“中華料理屋 安部”に行けなくなったとか、確かにお嬢様も大変ですね。
普通、“中華料理屋 安部”をあそこまで好きになりませんけどね。」



幸治君は楽しそうに笑った後、私のことを真剣な顔で見下ろし・・・



「でも、羽鳥さんが“中華料理屋 安部”のことを大好きでいてくれたから・・・。
俺は“普通”以下の男子高校生でしたけど、“中華料理屋 安部”としての自分を嫌いになったことはなかったです。」



幸治君がそう言って・・・



さっき私の両手から抜き取った飲み物、溶けた氷が入っただけのカップを右手で持ち上げ・・・



自分の口に持っていき、一口だけ飲んだ。



「まだすげー甘い・・・。」



そう呟いた幸治君を見てドキドキとした。



凄く凄くドキドキとして・・・。



「家に帰ったら、今日も俺と気持ち良い“いけないコト”します?」



「うん・・・。」



再会してから毎日そういう“いけないコト”をしている私。
それに付き合ってくれている幸治君に、ドキドキとしながら頷いた。



でも・・・



「すみません、羽鳥さん!
俺、その前にご飯食いたい!!」



「私も!!
早くとんかつ食べに行こう!!」



「白米とキャベツがお代わり無料らしいので、俺お代わりしまくる!!」



「お代わりが無料って・・・どういうこと?」



幸治君と手は繋いでいるけれど、右手を引かれることなく私も歩く。
だって、こんなにもお腹が空いているから。
ずっと吐き出すことなく残っていたこの気持ちがやっと吐き出せたからか、初めてこんなにもお腹が空いているのかもしれない。



「昼抜きとか、俺若いからやっぱ無理!!」



「31歳の私でも無理だった!!」




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